冬の日に
朝目が覚めて、真っ先にしたのはあいつへの電話。
まだ早い時間だったが、躊躇するよりも目の前の風景を伝えたいという気持ちが先行した。
数回のコール音の後、寝起きなせいか若干不機嫌そうな声が聞こえた。
『もしもし』
「もしもし月森?俺おれ!」
『……詐欺か?』
少し古い気もする切り返しにのるべきか否か悩んでいると、俺が何か言うより早く次の言葉が発せられる。
『もしかして、雪が積もったのをわざわざ言うために電話してきたんじゃないよな?』
「うっ……」
ビンゴだ。
ただ黙るしかない俺に、スピーカー越しの溜め息をつかれる。
『子供かお前は』
「………悪かったな」
窓の外の景色を白一色に染める雪。
昇ってきた朝日に照らされて眩しく反射する。
「だって雪だぜ?都会じゃ降っても積もることなんかほとんどなかったし」
月森は何か考えるような沈黙の後、どことなく悪戯な声色で言った。
『なら、雪合戦でもするか?』
「よっしゃ!じゃあ場所は…」
『学校のグラウンドにしよう。あそこならたくさん積もってるだろうし、迷惑も掛らない』
「了解!」
休日である今日は学校は閉まっているのではないかと思ったが、あいつのことだからきっと何か策があるのだろうと思う。
………思っていた。
校門に着いたところで月森の姿を発見する。
俺が近付いて行くと月森もこちらに気付いたのか、首だけ振り返った。
門は案の定施錠されている。
「で、この門からどうやって入ろうっての?」
「乗り越えるに決まってるだろ」
「え、つまり強行突破っすかリーダー」
頷いて、門に手を掛ける月森。
たしかに目線より少し低いこの門なら乗り越えられないことはない。
「千枝たちにも連絡したから、もうすぐ皆来る。俺たちが入って鍵は開けておいた方がいい」
「皆に連絡したのか」
「駄目だったのか?」
雪合戦なら人が多い方が良いと思って、と言う月森に他意は一切ないのだろう。
ただ、休日くらいは二人きりで過ごしたいという俺の気持ちが上手く伝わらなかっただけで。
「…いや、いいよ。じゃ、早く行ってフィールド作ろうぜ」
「そうだな」
雪のために滑りやすくなっている鉄に足を掛け飛び越える。
セキュリティなどは全くないようで、簡単に侵入を果たせた。
ボロい田舎の公立高校はこういうときに便利だ。
校庭は一面真っ白に覆われていて、当然のことながら足跡はない。
「初踏みゲット!」
「だから、お前は子供か」
冷めた返事をしているが、月森も楽しそうなのは一目で分かる。
サクサクとした雪の感触を楽しみながら、校庭の中央付近まで足跡を残した。
「まずは防壁だよな」
「あと雪玉のストック」
雪をかき集めながら、手袋をしてこなかった自分の不手際を呪った。
月森はというと、提案してきただけあって手袋もマフラーもし、防寒対策は万全といった様子。
今更取りに帰るのも面倒なので、そのまま黙々と作業を続けた。
したがってフィールドが完成する頃には、掌は霜焼寸前に真っ赤になってしまっているわけで。
「…やべぇ、もう冷たいとか痛いとか感じなくなってきた」
「なんで手袋してこないんだよ」
「月森が準備万端すぎんだっての。実はお前が一番やる気なん……」
いつの間にか隣にしゃがんでいた月森にびっくりして言葉を途切れさせる。
月森は俺の手を掴むと、両手で包み込むようにして息を吐きかけた。
「………!…月森?」
「…っ!嫌ならそう言えよ」
ぱっと手を離し、そっぽを向いてしまう月森。
俺は温めてもらった手の感動でしばらく声が出ない。
「……花村?」
「…あぁ、なんか、嬉しすぎて」
「ばかじゃないのか」
先ほどからガキだのばかだの散々な言われようだが、月森なりの愛情表現なのだと都合よく解釈。
俺たちがここに来てからもう30分以上経つが、里中たちが現れる様子はない。
つまり、月森が集合時間にわざとブランクを作ったということ。
それはもちろん、俺と二人きりで過ごす時間をとってくれるため、なんじゃないかと再び勝手に解釈してみる。
となれば、
「月森」
「なに」
「やっぱ寒い、マフラー貸して」
「…仕方ないな」
マフラーを外して俺に手渡してくる月森の肩を抱き寄せ、二人一緒にマフラーを巻く。
作った雪の壁を背に、並んで座った。
「うん、あったけー」
「……苦しいだろ」
顔が見えないのは少し残念だな、なんて思ったり。
けれどくっつけた頬は心地いい温度で、きっと赤いんだろうなと、愛しい恋人の表情を想像して一人ニヤけた。
さむくてあったかい冬の日に
(みんなの声が聞こえてくるのはもうすぐ)
(だから、この雪の壁が隠してくれている間だけ)
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