君がくれるなら
夕飯の買い物をする客で店内が混雑し出す時間。
今日はシフトからは外れていたはずだが、人手が足りないということで急遽バイトにかり出された。
「まったく、放課後遊んでこなくて正解かよ…いらっしゃいませー!」
担当するコーナーはバレンタインのために特設されたチョコレート売り場。
女性客が多いと思いきや、校内で見掛けたことのある男子生徒やスーツ姿の男性の姿も比較的見掛ける。
そういえば、今年は男から女に渡す逆チョコが流行りなんだっけか。
今日も里中にねだられた記憶がある。
ならば男が買っていたとしてもそれほどの違和感はないはず。
今年ならば、
「月森に、渡してみるか…」
いつも弁当を作ってもらったり、勉強を見てもらったりと世話になりっぱなしで何かお返しを出来たらと思っていたのだ。
──などというのは、当然正当化するための嘘のデコレーション。
本当は、もう半年以上前からしまい込んでいた感情を伝えるため。
その時にも勇気を出して、お前は俺の特別だと言ったのだが、相棒はあっさり親友という意味に取ったらしい。
まぁ男から突然そんなことを言われて、意味のままに取る奴はそういないだろうが。
売り場がもう少しはけてきたら一つキープしておこう。
そう思い、再び客の方へ視線を向けた時だ。
「あれ、…月森!」
人混みの中でも目を引く灰白色の髪が揺れる。
他の客の邪魔にならないところを通り俺の方へやって来る。
「陽介、バイトか?」
「ああ。今日はオフだったんだけどさ、人手足りないってんで急遽」
「お疲れさま」
そう言って俺の肩を叩く月森の後ろから、菜々子ちゃんが顔を出す。
「あ、もしかして菜々子ちゃんもバレンタイン?」
「うん!おにいちゃんが、いっしょに作ってくれるって」
「そっか。出来たら俺にもくれる?」
「うん、いいよ。おいしいの作るから、待っててね」
菜々子ちゃんは嬉しそうに言って、材料を選びに行く。
俺はそちらに向かおうとする月森を呼び止めた。
「月森!あの、さ…」
「何だ?」
「月森も、作るのか?」
「?…あぁ、菜々子と一緒にな。それに、千枝や雪子にも普段世話になってるし」
りせにもしつこく言われたから、と苦笑しながら話す月森。
逆チョコを渡す、ということに対してそれほど抵抗がないのか、それともそういうことを全く意識していないのか。
「あ、もちろん陽介にもな」
「へ……?」
唐突に自分の名前を出され、思わず裏返った間抜けな声が出る。
その俺の反応に、何を勘違いしたのか月森は眉根を寄せた。
「あー、ごめん。男に貰っても嬉しくないよな」
「え?いや違う違う!」
全力で否定する俺に、今度は若干訝しげだが安心したような表情をした。
「……ならいいんだけど」
「うん、えっと、…ほら、友チョコってやつ?よく女子がやってんじゃん」
「じゃあ、陽介も俺にくれるのか?」
「おう、もち!ジュネスブランドの一番高いヤツやるよ」
「はは、結局ジュネスなのかよ」
笑う月森に、俺もいつも通りおどけてみせる。
良かった、気付かれなくて。
「仕方ねぇだろ。俺料理なんて出来ないし」
「お前の手作りなら胃腸薬も一緒にな」
「あ、なんだそれ。地味にムカついた」
失礼なことを言う月森の元に、材料を選び終わったらしい菜々子ちゃんが戻ってきた。
会計を済ませた二人の背中を見送りながら、俺は溜め息をつきたくなるような気持ちを抱いていた。
君がくれるなら友チョコでも構わないから
(気付いてほしい)
(けど、お前の一番でいられるのならば)
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