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浅夢
はろー、はろー!



「はろー」


「…」


「せんきゅー」


「……」

「はうあーゆー?」





「…あかり」

「ん、なに?」


先日手に入れたばかりの洋書を、目と紙がくっ付くほど集中して読んでいたあかりに呼びかける。それまで意味の分からない言葉を羅列していたあかりは、きょとんとした少々間抜けとも取れる顔を持ち上げた。俺の薬を調合しなければという意識など既に皆無に等しくなっていた。先程からあかりが声に出して洋書を読んでいた所為だ、集中できない。そんな俺の気も露とも知らずに、本の虫のあかりは純真無垢な表情でこちらを見ている。


「…先程から、気にはなっていたのですが」

「はい?」

「その…」


声が煩い、と一言いえば済む話。そうすればきっとあかりはしゅんと子兎の様に項垂れて謝ってくるだろう。だが、俺は言えずに言葉を喉に詰らせる。頭の中で罰の悪そうな顔になってしまうあかりを創造してしまったからだ。そんな表情を見るくらいならば、俺が少々の我慢をすれば良い。


「その、本には、何が書いてあるんですか」

「あ!これですね」


想定していた表情とは全く別物の、きらりと光るような笑みを浮かべるあかり。やはり先の言葉を飲み込んで良かったと、俺は自分の判断が正しさに心中で頷く。俺の心境を知らないあかりは自分が読んでいた本をこちら側に向けて、意気揚々と話し始めた。


「これは先日手に入れた、英語の勉強の本です!」

「えいご…ですか」

「そう、南蛮の言葉を勉強する本です」


そう言って、また本を開いて読み上げる。舌足らずな話し方で一生懸命に俺に読み上げてくれるあかりの姿に、密かに口の端があがる。それはそのあかりの拙い英語の所為なのか、それとも俺への気持ちを受け止めてなのかは分からない。


「『はろー』は、こんにちはって意味です」

「ほう、そんな二文字で、良いのですか」

「簡単で良いですよねー」


しみじみと頷いてみせるあかりの仕草が愛らしく、俺はくすりと笑い声を漏らしてしまう。あかりは百面相のように表情をころころと変え、落ち着かない。先刻泣いていたかと思えば、すぐに笑っている、ということもしばしば。忙しい人だ、とも思っていたが、今ではその表情の変わりようを見ているのが愉しくて仕方がない。


「あ、そうだ!薬売りさんも、薬を南蛮から輸入するときにきっと必要になりますよ」

「そう、ですかね」

「そうですよ!一緒に勉強しませんか?」


そう言い切るあかりは、俺の隣に座してお互いが本を見られるように広げる。一つ一つの言葉を指差し、これはこれだと快活に話すあかり。流石は本の虫なだけあって、教え方がうまい。俺は彼女の熱心な指導を受けながら、ふと視線をあかりのうなじに持っていく。触れれば絹のような手触りであろうあかりの白い肌。と、衝動的に彼女に触れたいと思う心が沸々とわいてくる。しかしあかりは今、俺に英語を教えることに夢中になっている。これで俺が不用意に不埒な方向へ持っていこうとすれば、きっと彼女は不貞腐れてしまう。それはそれで面白いのだが、聊か面倒だ。それくらいならば、俺が少々の我慢をすれば良い。


「言ってみてください!ほら、実践してみないと」


そういって、輝くような笑顔。
まあ、夜までは待ってやろうか。
今はこの時間を楽しむことにした。






はろー、はろー!

(「あいらぶゆー」…とは?どういう、意味なんですか)(えっと、「私はあなたを愛して…)(おや、どうか、しましたかね)(…う、意地悪!)



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あきゅろす。
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