浅夢
別れに慟哭
「おや、貴女が泣くとは、珍しい」
苛つく程にのんびりとした声が聞こえ、その持ち主の背中に顔を埋めていた私はそのままでいることが厭になった。それでも、微かに香る薬品の馨りに脳髄が痺れてしまっていて、やはり動くことが出来ないでいた。そんな私を嘲笑うかのように、薬売りもそのままだった。嗚呼なんて余裕綽々、腹立たしい。
「泣いてないわ、厚かましい」
「おや、そうでしたか」
「ええ、あんたの為に流す涙なんて持ってない」
「これはこれは、手厳しい、ですね」
つっけんどんに言ってはみても、薬売りが動揺する様子はない。いや寧ろこの状況を愉しんですらいるように思えて仕方がない。この男が心を動かす様を見たくて、今まで冷たくしてみたり甘えてみせたりしていたのだけれども。結局、それを見ることは叶わなかった。憎たらしい男。
「…帰っては来ないの?」
「ええ、生憎と」
のらりくらりと返答する声には、感情など篭っていない。それを私は可笑しくて鼻で哂った。彼が今まででも感情を込めて言ってくれた言葉などあったのだろうか、否無いと言い切れる。薬売りの言葉はいつでも曖昧であったから。私は結局、彼の本音など聞くことは出来なかったのだ。
「しかし、」
そう言った薬売りが、少し呼吸を深くしたのを、私は背中に押し付けた顔で感じた。あな愛おしや、狂おしや。
「寂しくなる、ものですね」
別れに慟哭
(その言葉だけで、この別れに意味を為せる)(そう思った)(涙、さようなら)
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