浅夢
彩られる爪
彩られる爪。
薄紫色に染め上げられるその様を、あかりは興味深げに見つめる。ゆったりとした動きで塗られていく爪の持ち主は、そんな彼女の視線をチラと一瞥し。再び意識を爪に集中させる。
常人よりは長いそれが彩られる。
塗りたての爪は、日の光に照され光沢を孕む。
薬売りは長いこと意識をそれに注いでいたが、ふいと顔を上げあかりを見る。
急な薬売りの目線に、眼を丸くするあかり。
「珍しい、ですか」
「え」
「これ、ですよ」
これといって目線を爪に落とすと、あかりはあっと声を溢す。どうやら薬売りの動作を追っていたことに今気が付いた様子だ。薬売りは、同じ薄紫に縁取った唇でゆるりと弧を描く。
艶やかな笑み。
「そんなに見られちゃあ、穴でも、空きそうだ」
「ご、ごめんなさい」
「何を、謝るんで」
慌てて謝るあかりに薬売りの独特な口調が響く。塗り終えたらしい薬売りは、くるりとあかりに向き合う姿勢になる。突然の動作に疑問符を浮かべるあかり。そんな表情を見、愉快そうに笑む薬売り。
「塗って、差し上げましょうか」
「え、良いんですか?」
色白な手のひらで触れられると、薬売りの低めの体温が伝わる。あかりの手を持ち上げ、桜貝のような小さな爪をじっくり見つめる。
薬売りの目線に、じり、と体の熱が上がったような感覚に囚われる。
目眩にも似た熱。
「いいんですよ」
ゆるゆると、筆先があかりの爪を滑る。
薬売りと同じ薄紫色が彩られる。
すうっと眼を細める薬売り。
その顔は何処か満足げに見えた。
「貴女を俺に彩るのも、また一興」
彩られる爪
(それってどういうことですか?)(分からなくても、良いのですよ)(今は、ね)
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