出口は何処ですか?(短ルク長ルク)

※ルクルクと言うよりルーク自殺願望話。



 長き髪は焔の如き色をしており、一目で断髪前の己だと彼は気付いた。
 そしてこれが、幾度となく見た夢であるという事も。

 かつての己は、師と木刀を交えていた。…真剣も他者の血も、未だ知らぬ手で。



 あの頃の己にとって剣術の稽古とは、戯れと大して変わらぬ事であった。師と過ごす一時に喜びを感じ、日々の徒然を忘却する事が目的であったのだから。
 何も知らぬ方が、幸いであっただろうに。街一つを崩落させて数千人もの命を奪い、師の優しさも己すらも作られたものであると知り、被験者の居場所を奪っていた、とは。


 彼がそう沈思していると、眼前の光景が刹那の内に切り替わる。

 見慣れた壁と天井、床に囲まれた空間。そこは紛れも無く己の部屋であった。そして寝台の上には、焔の髪を散らし、眠りたる者がいた。
 真実を何も知らずにそうしているのだ。罪の重さに耐えきれず、眠れぬ日々を過ごす時が来るなど、露程にも思っていないであろう。…否、思ってなどいないと断言できる。何故ならこれは何も知らぬ、かつての己なのだから。
 だがこのまま生きていれば、知ってしまうのだろう。何も知らぬ方が、幸いだろうに。そう、何も知らなければ───…


 そこで彼は一つの答えに行き着く。ならば今、眼前の己を殺してしまえば良い、と。これ以上世界を、定めを、真実を、知る必要などないのだから。

 彼は意を決したのか、眼前の己の首を両の手で覆い、その喉元の所に力を込めた。…呼吸を遮断するが為に。
 現(うつつ)に未だ戻らぬその者は、己の異変に気付き、うめき始めた。そうして徐々に現へと戻って来たのか、己が何者かに首を絞められている事に気付いたようだ。完全に覚醒したその者は、目を見開く。宝玉の如き翠の瞳が、時折揺れながらも彼を見る。その目は恐怖におののくそれだ。唇が開こうとも声など出る訳も無く、ただそれが戦慄くのみ。

 何故恐れるのであろう。何も知らぬ幸福の中で逝けるだなんて果報ではないか、と彼は心中で呟いた。
 …けれども。彼は殺せぬのだ。幾度となく見た夢であっても別の答えに行き着く事も無く、殺す事も出来ず、同じ事を繰り返すばかりで。救いという名の出口など存在せぬのだと、夢にすら嘲笑われる。
 刹那、首を絞める力が抜けた。殺せぬと判断したのではない。ただその思考が皓白に染んだだけだ。…そうして視界も白んで行き、意識が遠く成り行く。



 短き朱の髪が敷布を撫で、同色の睫が揺れた後に、その目は見開かれた。そして微かにではあるが、息苦しさを感じた。彼は喉元に両の手を軽く添えると酸素を求めて口を開いたのだが、その多さにかえって噎せてしまった。

 暫し室内には荒き息遣いのみがあった。寝台の上に横たわる彼は、息が整っていくに従い現状を把握していく。
 ここが宿屋の一人部屋である事。幾度となく見た夢を見たという事。迷う事無く同じ答えに行き着いた事。…殺せず仕舞いであった事。だが、殺せぬのには理由があったのだ。
 あの時思考が皓白に染んだのは彼自身が息苦しく感じたからで。
 …そう、恐らくはかつての己を殺したその時、彼も共に死ぬ事となるのであろう。そうであったとしても、共に逝けるのであるなら本望だ。

「まだ、夜なのか…」
 彼は呟き、再度眠りに就こうと瞼を閉じた。


 願わくば、同じ夢であれども別の結末が見れん事を…



当初はもう少しCPらしかったんです…

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