黄昏恋し、宵憎し (公爵×ガイ)

 夕暮れの時分を迎え、辺りは次第に仄暗くなってゆく。
 黄昏時だと彼は思い、目を細めた。


 常とは変わった行動をしている彼。
 この時間帯は仇の息子の所にいる事が多いのだが、今日は思う存分剣術の稽古に励んだ為か先程眠りに入ったばかりで。
 あの感じからすれば、晩餐まで現(うつつ)には戻らぬであろう。

 だが奉公人且つ子守役の彼が今、中庭に一人でいる事は好ましいと思わぬ。誰かに見られでもしたら、職務怠慢と言われる恐れがあるからだ。

 立場の弱い己を恨めしく思う。

 疾(と)く屋敷へ戻らねば不審を抱かれるであろうと危惧する。
 だが、今の彼が屋敷の中へ戻ったとて恐らく上の空であろう。
 どちらにせよ怠慢の謗りを受けるのなら戻らぬ方が良いと判断した彼は、中庭に置かれた長椅子に腰を下ろした。


 この時間帯に一人で外に出たのは久方振りであった。
 だからであろうか。
 あの頃に思いを馳せてしまう。



 "黄昏"
 『誰(た)そ彼』と問うてしまう程仄暗い時分となった、という意味である。

 それを教えてくれた者は、既に思い出の中でしか生きられぬ存在となっていた。
 頭を撫でられた時に見たその姿は永久に変わらぬ。

 奪ったのだ、奴は。
 何を、と端的に言うならば…幸せを。

 暗鬱なる瞳は復讐の色を濃くし、それを果たした己の姿を脳裏に浮かべると一抹の恍惚に浸る。


 …それも束の間。
 己が名を呼ぶ声に彼は心底が冷えるのを感じた。
 長椅子から腰を上げてそちらを見れば、紅の髪を持つ仇…公爵という地位を持つ男がいた。

 辺りは確かに仄暗いが、仇の人間くらいはわかる。
「…旦那様」

 公爵は彼との距離を縮める為、歩を進める。
 近付けば近付く程、息が詰まりそうになるのを感じた。

 それでもその足は後ろに動かぬのだ。
 否、動けぬのだ。動けば今後に響くとわかっているのだから。

「ルークはどうした」
 そう言ったのは近付き終えた後で。
 金の髪を持つ彼は憎しみと恐れを混ぜた複雑な心境を抑え、微笑する。
「ルーク様はお疲れになられたようで、今は良く眠っております」
 言葉を発している際、視線は彼の唇に注がれていた。

 それは既知の眼差し。

 心の臓が、跳ねた。


 今宵も行われるのだ、恥辱の遊戯が。


 仇に夜伽の相手を強いられる事…それは屈辱の他ならぬ。
 だが、復讐を果たす為には拒否できぬ事なのだ。

 彼は己に言い聞かせ、その舐め回すかの如き視線に耐える。
 唇にあったそれが下方へと移動してゆく度に羞恥と恐怖が身体中を駆け巡り、自尊心を蹂躙してゆく───…



「そうか」
 視線を彼の顔に戻した公爵は満足気に目元を細め、口角を上げた。

 彼は瞬く間、何の事かと思い巡らし、あの子どもの話をしていたのだと思い出した。
 できる事ならこの話題で終わって欲しい、と切に願う。…叶わぬと知りつつも。


 そうして公爵の唇からは慈悲無き言葉が紡がれ、彼は今宵も褥の上で貪られる事を承諾した。

 暗鬱なる心中に自尊心を隠したが、訪れる宵はやはり憎い。




『誰そ彼』ネタ中心の話にするつもりが、いつの間にか変態公爵×耐える奉公人話に…
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