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短篇集
01 リクエスト作品


目の前に先生がいる。何故?
あぁ、コスプレですか。
気持ち悪いんで止めて下さい。

「誰がコスプレですか。
言い掛かりはよして下さい」

男はさらっと雪里の言葉を流した。
白衣を着こなす男の顔は我が担任糸色望氏と容姿だけでなく声質までもが酷似している。まるで絶望先生本人のようだ。
しかし注目すべきは私に攻撃を受けてもさらっと流せるこの能力。絶望はいちいち反応するからこの人は彼ではない。
とすると…

「じゃあ糸色望の親類か何かですか」

そうでなければドッペルゲンガーとか。

雪里は真面目な顔で問い掛けた。

「誰がドッペルゲンガーですか。
…あなたの予想通り、糸色望の兄の命と申します」

と、私に頭を下げた。
絶望と一緒で丁寧な方だ。

「そういうあなたは望の生徒さんですか?」
「…まぁ、そうなりますね」

認めたくはないのだが、私、雪里はあの絶望先生のクラスに所属している。それゆえ、面倒な担任に当たった、と自分の運命を呪っているところだ。

(初めて会った時は良いな、なんて思ったりしたけど、私に口で負けるようじゃあ男として駄目ね)

雪里が男の理想像について深く考え込んでいると、お医者様にいきなり腕を引かれた。

「では、いきますよ」
「待って!!」
「…何か?」
「何か、じゃない」

このエセ医者、貴方が善人みたいな顔で首傾げても可愛くないから。ちゃんと言いましたよ。

「――"注射"は苦手なんです!!」
「あれ、そうでしたっけ?」
「…ニヤついた口元は隠せないみたいですね、絶命先生」
「………」
「………」
「…痛くなるように注射しますよ?いいんですか、霜月さん」
「…本気で、嫌です」

実は本日、雪里は予防接種を受けに病院を訪れたのだ。
今年、2年生は全員予防接種を受けなければならない。しかし、"注射"が大嫌いな雪里。『受けた事にすれば…!!』と思いつき、"予防接種のお知らせ"と印刷されたプリントを母に渡さずにゴミ箱に捨てた。
これで予防接種を回避することができる!!!…わけがなかった。
情報とは思わぬ形で伝わるもの。
同級生の母親からの情報が母の耳に留まり、現在雪里は担任のお兄様の手によって予防接種を受けようとしている。


「霜月さん、危ないので腕を動かさないで下さいね」

袖を捲り上げてもらい、命はワクチン入りの注射器を取り出した。
いよいよ針を刺すだけなのだが、注射が苦手だと喚いていた雪里が気になり、ちらりと顔色を窺ってみる。
目に映ったのは下唇を噛み、注射針を見ないようにギュッと目をつむっている雪里。
霜月さんの為にも痛みのないようにしてあげなければ。そう思った命は心して注射器を持ち直した。

命が注射に取り掛かっている間、雪里は怯えていた。
いつ来るのか分からない痛みに恐怖心のみが募る。覚悟を決めたから早く終わらせて欲しいのに命先生は「今日はいい天気ですね」とか「望はちゃんと教師を出来てるのかな」とたわいもない日常会話を続けるばかり。

(早くしてよ早く、早く…!!)

真っ暗闇の視界の中で雪里は自分が涙ぐむのが分かった。そう思った途端、

「はい。終わりましたよ」

命の優しげな声が耳に届いた。
驚きで涙か引っ込んだ。

「……え?何が?」
「注射、終わりましたよ」
「本当に?」
「何で嘘つかなきゃならないんです?」

くすくす笑う命の言葉に勇気付けられて、うっすら目を開いてみる。
すると命先生に内容物の入っていない空の注射器をほら、と見せられた。

「本当だ、でも全然痛くなかった」
「それは良かった」

腕を確認してみると刺された跡がある。確かに予防接種は無事完了したわけか。

「注射上手なのね。見直した」
「何だと思っていたんですか…」

無意識に力が入っていたのか雪里の強張った表情が崩れていくのを確認して、命もホッと息をついた。
注射上手!!と誉めそやす雪里に命も照れてしまい、照れ隠しに治療の続きをしようとガーゼに手を伸ばすと、

「……先生、ありがと」

痛くなかったのが相当嬉しかったのか、始めの頃と態度をコロッと変えて可愛らしい満面の笑みを向ける雪里が居た。
不意に送られた笑顔に『いつもそうしてたら良いのに』と思った自分が気に食わなかったので、対抗して命も最高の笑顔を返しておいた。
そんな命による一方的な笑顔合戦後、治療を施す間、会計を待つ間、雪里は借りて来た猫の様に急に大人しくなった。
雪里の自分に対する態度の変わり様に命は首を傾げる。

「彼女、どこか変じゃないか?」

笑ってくれないし…、と後ろに控えており、二人のやり取りを一部始終見ていた看護婦に答えを求める。
けれど看護婦は、あの子の口から聞かなければ意味がないですから、と軽くあしらい、奥に消えていってしまった。ついでに次の診察要求の言葉も添えて。

「私が霜月さんに何かしてしまったのか?」

結局考え抜いても分からなかったので一人で百面相をしながら会計を待つ雪里の姿を再度見てから命は診察室に急いで戻っていった。





それから翌日、雪里に変化があった。

「ぜつぼ、じゃなかった…望先生おはようございます」
「え?…あ、あぁ、霜月さんおはようございます。あの、どうかしたんですか?様子が……」
「いえ、弟さんに対しても点数稼いでおかなきゃなって昨晩思いまして」
「は?」

今までからかっていた望に対し、敬語を使うようになり、呼び方も"絶望"から"望先生"に変更させるようにしたのだ。
実際コレは命に近付く為に彼の実弟である望までも取り込もうとする故の行動なのだが、端から見れば改心して望への態度を改めた雪里の姿は学校中の話題をさらった。

『あの霜月が望に優しい』

急激な雪里の変わり身にまといや千里に望先生に好意を寄せるようになったのではないかと疑われたけど、雪里が用も無いのに度々病院に通う姿を目撃されてからは逆に命への恋を応援してもらう日常が続いている。
看護婦さんも優しいし、何よりも命先生とも仲良く出来ている。
まさか大嫌いな注射がきっかけで素敵な人に出会えるとは思わなかったけど、今は毎日が楽しいです。


注射をしましょうか


――単純かもしれないけど、貴方の笑顔で恋に落ちました。責任とってよね、絶命先生?





END

★リクエスト作品
☆3/14→絶命先生リク
》リクエストしてくれた方に捧げます
09.03.22 雪里




あきゅろす。
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