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鈍感先生と絶望先生
01


蘭乃は保健室にいた。

(今日は平和な授業がなされたようで良かった。良かった)

蘭乃は具合の悪くなった男子生徒を送り出した後に保健室に持ち込んだポットからお湯を急須に注いだ。
一日の授業が終わり、ほっとして一杯のお茶をいただく。コレが蘭乃にとって至福の一時であった。

しかし、それもつかの間、熱いお茶に息を吹き掛けて冷ましていると、保健室の扉が誰かにより開かれた。

蘭乃は振り返った。

「蘭乃さん、失礼します」
「あら、望さん、いらっしゃい」

訪問者は望であった。
蘭乃は回転式の椅子から立ち上がり、いつものように望の分のお茶を用意しようとするが、

「お茶は結構です」

断られてしまった。
いつもなら嬉々として飲んでくれるのに。

望が保健室に遊びに訪れるのは珍しくなく、ほぼ毎日。蘭乃と望は茶飲み仲間となっていた。

「そうですか?他の飲み物にします?」
「いえ、すぐに出なきゃならないので」
「そう…」

蘭乃は手に取った急須から手を離し望が腰掛けたソファーの向かいに座った。
先程の言動から察すると急ぎの用。早速本題に入るのを促す。

「で?何か私に用事ですか?」

望は頷いた。

「うちのクラスに引きこもりの生徒がいるのはご存知でしたか?」
「ひきこもり?」

思いも寄らないワードに思わず反芻してしまう。

"引きこもり"

その言葉は自分が臨時担任を新任した当初に聞いたきり。その子とは一度も顔を会わせた事がないし、顔も知らない。

「それは、1年の頃から来ていないという子の事?」
「その事なんですけど、その…これからその生徒の家庭訪問に行こうと思います」
「!!」

(あの望さんが生徒の為に家庭訪問を!?)

どちらかというとらしくない行動に蘭乃は驚くと共に、それ以上にいたく感動した。
生徒を更正させようと自発的に前向きな行動をとるなんて。
これまでの糸色望を知っている人ならば誰だってソレを大きな進歩だと思うだろう。

「…蘭乃さん?」

目を大きく見開いて自分を見つめる彼女に声をかける。何故か驚いたようだ。

「――それは本当ですか?」

やっと蘭乃が口を開いた。
彼女は何を驚いているのだろうかと思う。

「はい。本当に行きますよ」

すると蘭乃は尊敬の眼差しを望に向け、こう宣った。

「教育熱心なその姿勢!!やっぱり望さんは素敵な教師です!!私も見習わなければなりませんね」

自発的に生徒を更正させようなんて!!尊敬します!!と、目をキラキラ輝かせている。

自発的に私が?
…もしかして、私が自発的に家庭訪問をしようとしていると思ってるんでしょうか……

「あ、あはは…そうですかね…」

まさか『智恵先生の目が怖くて嫌々ながらの行動です!』とは今更言えない。

望がそう思っているとは露知らず、蘭乃は更に続ける。

「以前の望さんなら『自分の事だけで手一杯ですから』って、例え頼まれてもお断りされそうだったのに…成長されましたね」

望は息を飲んだ。
本当に嬉しそうに話す蘭乃さんには悪いが、それは正に10分程前の智恵先生との会話の一部そのもの。
蘭乃さんに自分をよく理解されているのを喜ぶべきか否か。
望は力無く話を合わせるしかなかった。

(智恵先生には後で口止めを頼もう)

そう固く心に誓った。






一通り蘭乃さんが感動し終えた後、やっと話を戻すことに成功した。

「それで蘭乃さんもご一緒にと」
「私も、ですか?」
「私だけじゃ不安ですから。蘭乃さんが居てくれると心強いな、って」

無理強いはしませんけど、と笑う望。

「…是非、ご一緒させて下さい」

生徒に会いたいですから、と言って、すっかり冷めてしまったお茶を一気に飲み干し、蘭乃は望とともに保健室を出た。
こうして二人は生徒名簿で住所を確認しながら、その引きこもり生徒、『小森霧』の家庭訪問へと向かうことになったのだった。



  


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