4話




雲ひとつない空。
まるで俺を待っていたかのように、獄寺はいつもの場所にちゃんといてくれた。
俺が現れても、しばらく空を見上げていた獄寺がゆっくりと俺に視線を移した。
そして、ひでぇ恰好だな、と笑う。
温かい風にはためく俺のジャケットにはボタンが一つもなくて、残った糸だけがだらし無くまとわり付いてる、本当にひどい恰好だった。
誰かがうちの学校は学ランじゃないから関係ないだろうなと言ってたような。
卒業式に女子が男子の制服の第2ボタンを貰うってやつ。
いや、俺の場合、貰われたというより、奪われた感じだった。
ブチブチとボタンが引きちぎられていくのを、不思議に思いながら見ていた。
俺のボタンなんか持ってて何の役に立つんだろうか。


「お前、ああいう時、泣かねぇんだな。意外に。いつもクラスの連中と仲良くしてたくせに。」

ゆっくりと隣に腰を降ろした俺に、ふわっと煙を吐き出しながら獄寺が言った。
ああいう時。
卒業式でみんなが大泣きしている中、不思議と俺はちっとも涙なんか出なかった。
自分だけが取り残されたように、ぼんやりとただそこにいた。
クラスの仲間と騒いだり、部活仲間と野球したり…当たり前だった毎日の事がもう消えてしまうなんて信じられない。

ツナや獄寺と別々の毎日が始まるなんて、信じられない。


「お前、今になって泣きそうな顔してるよ。」

いつも突っ掛かってきたり怒ったりするくせに、時折こんな優しい顔を見せてくれるんだ、獄寺は。

「おう。…今から泣くかもしれねぇ。」

「マジかよ…。」

眉間にいつものシワを寄せた後、獄寺が慌てて、こっちに背を向けた。
泣き顔を見ないように気を使ってくれたんだと思う。
その細い背中を見ながら、十代目をお守りすると言いながら無茶を繰り返していた事を思い出す。宥めるように何度もその背中を捕まえた事を。

獄寺が守りたいツナには、笹川という守りたい存在がいる。
少しずつ近付いていく二人を見る獄寺の目は優しかったけれど、どこか悲しげだった。
獄寺のツナへの気持ちは恋とかとは違うんだろうけど、よく似てるんだと思う。
俺はそんな獄寺を守りたいと思った。
それも、恋とは違うものだったはずなのに。

「なぁ、獄寺。」

手を伸ばして、いつもの背中を捕まえた。

「テメェ!何して…。」

一瞬だけ叫んでから、獄寺は何も言わなくなった。
俺がどんどん力を加えて抱きしめても、何も。

いつか他の誰かが、ずっと側にいて、獄寺の事を守りたいと思うんだろうか。
そう思うと、苦しくて堪らなかった。
まだ存在していない筈の誰かが憎いなんて、おかしいと思う。
獄寺のたまに見せる優しい表情も、悲しい時、怒った時の表情でさえも全部俺だけのものにしたいなんて。そんな気持ちを持ってるのを、獄寺に知られたくなかった。
獄寺の知ってる、単純で何も考えてないバカな俺のままでいたかった。


冗談で言ったつもりだったのに、涙は本当に出てきてしまって、それからしばらく俺は獄寺の温かい背中を抱きしめたまま動けなくなってしまった。
ツナが俺達を探して屋上に上がってくるまで、ずっと。















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あきゅろす。
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