極楽蝶華
言われた言葉は
「っ……ぁ、はぁ、っぁ、……く、ぅん……」
ともすれば啜り泣く様に聞こえるか細い吐息に、今度こそ正気を完全に取り戻して悠紀仁様と距離を取った。
不自然な程勢いよく翻した身体に、小さい抵抗がかかる。
見ると、細い指先が自分のシャツの袖口を掴んでいた。
「…………っはぁ……
……隆也、さん……」
『…………』
眉が下がって、上目使いに潤んだ瞳で見上げてくる悠紀仁様は今の私にとって毒でしか無かった。
初めて触れた思い人の唇に、最早歯止めが聞かなくっている自分の欲望を恥じた。
この人は、自分の事を手放しに信用してくれていたのに。
……私は、それを裏切った。
『申し訳、ありませ……』
手短に謝罪の言葉を述べ、今すぐに走り去りたかったが……今、この人を一人に出来ないことを思い出した。
この前、嫉妬に振り回されて悠紀仁様を一人にして結果大きな傷を負わせたのは自分だ。
顔を見ないように、腕を掴んで性急に部屋に送ろうとしたが……掴んだ腕を逆に掴まれ、手繰り寄せるようにそのまま体に抱き着かれた。
やっとの事で無理矢理蓋をした本能が、またがたがたと不躾な音を出して自分の中で暴れ出す。
止めろ、止めろ、止めろ……私は、もうこの人を傷付けるつもりは無い。
今だって、そう……突然あんな事をして、逃げ出そうとした私の真意を計りかねて心配しているんだろう。
だから、さっき袖を引かれたのはその所為で、下から見上げる瞳が濡れているのは私がそう言う目で見てるからで。
薄く開いた唇が誘っているように見えるのは私の気の迷いだ。
だから、自分に都合の良い様に……考えるな。
『……申し訳ありませんでした。
人一倍、理性は強いつもりだったんですけど……本能に、勝てなくて。』
この期に及んで言い訳など、愚の骨頂だった。
……なんて無様だ、私は。
「…………じゃあ、隆也さんは俺にキスしたかったの……?」
『…………っ、
………は、い………。』
隠し切れる筈は無かった。
もうしてまった事をごまかせはしない。その事は判っていたから、短い肯定の言葉を口にした。
「……なら、今、理性……は、いらない…………、っです……」
『…………え?』
言われたことに理解が出来ず、思考が固まってそのまま動けなくなった。
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