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誰かの話
【冷たいのと温かいの】






ダン!ダンダン!!


広い空間に一際響き渡る音。

そしてその音よりも更なる大きな音が、体育館全体に地鳴りの如く響き渡った。

「政宗殿おおおおおおおおおおおぉおおぉぉおぉおぉぉ!!!」

その鼓膜が突き破れそうな大音量に嫌そうな顔で耐えるのは政宗。その両手にはバスケットボールがしっかりと挟まれていた。

虎の如くに目を光らせ足を止めた政宗が持つボールを奪おうと襲い掛かる幸村。衝突か否かの直前に政宗の口元がニヤリと笑みを浮かべた。

―――試合終了まであと数秒の事である。



「女がイク時の顔、知ってるか、An?」

周囲の生徒達には聞こえないほどの囁く声で目前の幸村へと吐いた。

幸村の目が飛び出すぐらいに開かれ、顔面を手で覆い床にひれ伏す。

「は、は、は、は、破廉恥でござるううぁううううううううぁぁぁ!!!!」

たとえ幸村でも男子であり、その意味を嫌でも理解してしまう。結果、女なれしていない幸村は羞恥という精神的ダメージを喰らいのた打ち回るのだ。


ピィ――――。と点数が入ったことを告げる笛の音が鳴り響き、政宗側の味方が歓声を花咲かせた。

いまだダメージが残り顔を真っ赤にさせている幸村の元に政宗が戻ってきた。どこか邪悪にも見える勝利の微笑み。


「真田 幸村ァ。試合前の賭け、覚えてんだろうな?」

「うぅ・・・破廉恥・・・う・・・お、お、覚えてる、でござ、破廉恥・・・」

こうもここまで女が苦手な存在を見ると自分がかなりの不純物に見えてくる・・・。などと真面目に考えてしまう。まじで。



「んじゃ、"片付け"頼んだぜ?」

チャイムが鳴ると同時に生徒達一同体育館から出て行く。

得点掲示板、そこらへんに転がっているバスケットボール等等、本来は体育委員である政宗が片付けるのだが、相手チームに幸村がいた。

互いに青春らしい言い方だが"ライバル"として視ている彼ら二人は自然と勝負と形になり、それだけじゃつまらない、と政宗が賭けを持ち出したのだ。

そして結果として幸村が負け、政宗が勝った。


ひとりポツンと残された幸村は頭に上った熱で汗を滲ませながら『次こそは勝つ!』と意気込みながらも片づけをはじめるのだった。











「―――これで最後でござる・・・」


体育館でバスケットゴールを天井へと吊り上げた幸村は残りの得点掲示板とボールの入った大型のカートを器用にもそれぞれ両手で押して、体育館倉庫へと収納する。

ここの学校の倉庫は元プールだった建物を倉庫として再利用したもので、更衣室によく使うものを、あまり使わないものは水の入っていないプールの底へとデタラメに置かれている。

・・・もちろんそこには道具以外の校長が趣味として集めている骨董品も埋まっている訳だが。

幸村も勿論、生徒はまず奥へと入らない。

行く理由がないのと、そこらへんに物が転がっており怪我をしやすいからだ。

俗にいう不良がもしかしたら煙草を吸ったりサボる時に行き着く場所とかにしているかもしれないが静まり返ったそこは冷たい空気が漂い、人の気など微塵も感じない。

「さて、某も着替えなければ!次はお館様の――――?」


駆け出そうとした幸村の耳に届いたのは、やけに響く水の音

プールはもう使わないので水は通っていないはずだというのに。足を止めて水の音の鳴る方向へと耳を傾けた。

ポチャン。ポチャン。ポチャン。バシャ。

滴る水音から、水溜りに・・・プールへと飛び込んだかのような音が届き、根源のわからない音に首をかしげた。

「はて?プールは使われていないはずだが・・・。誰かいるのだろうか」

残念ながら彼は"そういう類"の事さえも頭の中をよぎる事無く、誰かがいるのだろう、という安易な思考で完結する。否、確かにそこにはいつも"誰かが"いたのだ。

だからこそ、その存在を"そういう類"、幽霊なのだと思考がたどり着かずに終わり続けていた。


「・・・誰であろうか」

もうすぐ次の授業が始まる。プールサイドの方にきちんと動いている時計がないかもしれない。ならば、そろそろ次の授業が始まる、と教えてやらなければならない。

踵を返し狭く足場の悪い道を潜り抜けプールサイドへと足を踏み入れた。



「――――水漏れ・・・だろうか?」

中は意外と踏み場が広く、道具や骨董品は全部、プールの底に詰められていた。だからだろうか想像していたよりも広く感じるのは。

プールサイドへと足を踏み入れた幸村の鼻に届くのはプール独特の塩素の匂い。もちろんプール自体に水が溜まっているわけでもない。やはりどこかで水漏れしているのだろう、とプール全体を見渡した。

「む」

また聴こえる水の音。

これはどこから聞こえるのだろうかと色々な方向を見ていると視界の隅に誰かの足が道具の隙間の中にスルリと入っていくのが見えた。

「やはり、誰かいるのか」

プールサイドを走り、その周辺近くまで寄った。

上から見下ろして探すわけなのだからすぐに見つかるだろう。キョロキョロと探し始めるも見つからない。

「????」

すると今度は反対側の、骨董品の集りがある所の曇った姿鏡の横からチョコンと顔を出してこちらをうかがっていた。

よくみると小学生ぐらいの男の子で、白肌だということが遠くからでもわかった。

幸村としてはなぜ小学生くらいの子が中高等の学校にいるのか、と疑問に思ったが少し離れた場所にここの校長が所有している小学校があるのだ。

だからきっと興味本位でこちらの学校へとやってきて、ここに興味を持って入り込み、プール内に降りたが上がれなくなったのだろうと独りでに納得した。


「少年!某がいま助けるでござる!」

一体、どのぐらいここにいたのだろうか。

ここは水はないが床も空気も冷たい。しかもあの姿でここにいてはいくら子供は風の子と言われようが必ず体調を崩してしまう。


また駆け足で反対側へとたどり着くと、今度は動かないでいた少年が下で待機していた。

近くでみると遠くからよりもさらに白く見えて血の気がないようだ。目の下も少しクマができておりもしや、昨日、一昨日からここにいたのではないかと思ってしまうほど。

すでに話す気力がないのか黙って幸村を見上げる少年へと手を差し出した。少年は短くためらったがすぐにその細い腕を上げて手を掴んだ。

―――――恐ろしく、冷たい手だった。



途端に、クラリと姿勢が前へ、少年の下へと傾いていく。

幸村ほどならば少年を持ち上げることなど難なくやってのけるというのに、前に倒れていく姿勢を正すことができるというのに。

その時ばかりは、本人の幸村も何もできずにプールへと落ちていった。


骨董品にぶつかる―――。

そう、言うことのきかない身体の代わりに目を瞑った。衝撃に身を強張らせると水面に叩きつけられるピリッとした感触に耳がつまりそうなゴポゴポとした浸水音。

刹那に"水に落ちた"と思ってしまったが、"水に落ちる訳がない"とすぐに思う。

だって、どうして、なぜ、そんな事を思ってしまったのか。


"ここのプールはもう使われていないはずなのに"


口から気泡が抜けていく。

未だ痺れて自由の利かない身体で閉じていたまぶたを開いた。水中からみた天井が波で歪んで見える。

何故だか、子供の笑い声がたくさん聞こえて波で歪んだプールサイドに何人もの子供がいた。


「ゴボ、ゴボゴボ・・・(どういうことだ)」

痺れで緩んだ口からはどんどん気泡が水面へと上っていき肺に本来なかったはずの水が溜まっていく。

酸素を取り込めないという苦痛に身をよじる事もできず幸村の手を掴んだままの冷たい手の方向へと視線を向けた。

そこには先程の少年と程遠いあの白肌はゴムのように青紫にふやけ顔も膨張し身体中膨れに膨れて醜い存在がふやけすぎて皮が皺になり半ば剥がれている手で幸村を掴んでいた。

視界がかすみ、意識を手放そうとした直前にその醜い何かが膨れた唇を器用にも動かして笑った、気がした―――――――。














――――――・・・・・・。

「・・・・・・・。」

空気が吸える。息が苦しくない。

保健室をイメージさせる消毒液の匂い。身体の所々が痛みで軋み、鈍痛で目を開く。

「痛っ・・・・・・保健、室?」

よく視ると己の身体は湿布と包帯だらけで額にも巻かれていた。布団もなんと三枚もかぶされており熱いほどの温もりが全体に残っていた。

幸村の横になっていたベッドを囲っていたカーテンが佐助の手によって開かれた。

「旦那!!」

佐助にしてはかなり珍しく涙目で幸村へと飛びついてきた。カーテンの向こうには保健室担当である上杉先生と転校生でまだ日の浅い、つかさ、その他にも政宗、元就といったクラスメイトがそろっていた。

「しょちはしましたが、ねんのためきたくしたらびょういんへといってくださいね」

ゆったりとした口調で告げる上杉先生だが、幸村本人はいまだに何がどうなってここにいるのかがさっぱりだった。それを読み取った佐助が泣きそうなのを我慢しながら話し出した。

「旦那がいつまで経っても戻ってこないから、竜の旦那に聞いたんだよ、賭けのことをさ。それで、体育館にいなかったから倉庫にいるんだろう、って事になって行ってみたらさ!!旦那、たくさんの骨董品の山に埋もれてたんだよ?!」

その時の、親友がいなくなるかもしれない、という絶望感を思い出したのか鼻をすすりとうとう泣き出してしまった。

「それ、そ、それで、それで!竜の旦那たち呼び出してさっグス・・・手伝ってもらったわけよ。けどさ、けどさ、旦那おきないし、すんごい身体冷たかったし・・・!俺様、俺様・・・」

そのまま布団へと顔を埋めて嗚咽を漏らし始めた佐助。

話を完全に理解はできなかったものの、自分がプール底へと落ちて骨董品達の下敷きとなり怪我をして佐助達に心配をかけた、ということは理解できた。

だから、自分の身に何が起きたのか話し始めた。

「佐助・・・心配かけた、すまぬ。中にはいった理由としては水の音が気になって入ったらプール底からでれぬ子供がいたのだ。それで、」

「それで引き上げようと手を差し出して―――落ちたって訳ね」

「そうで、ござる」

残り後半を代弁したつかさから呆れの溜息が漏れた。

「・・・ここの学校に上杉先生のような邪気を寄せ付けない体質の人がいて良かった」

「?」

「はぁー・・・つまりね。幸村は悪霊に殺されかけたのっ!それで佐助や上杉先生のお陰で命までは失わずにすんだけど、佐助が来なかったらあの倉庫の悪霊"達"の仲間入りだったんだからね」

「あ、悪霊・・・?あの子供が?だが、しかし"達"とは・・・?・・・

水に落ちたとき、各サイドに何人かの子供がいた。

もしや、それら子供達も・・・。




「次からは気をつけて。"向こう"から見たら幸村も私と同じ"美味い餌"なんだから」











それからというもの体育倉庫にはめったに行かなくなったが、今でも近くを通ると水の音が聞こえてくる。


まるで某のような存在を察知できる人間を"仲間"に引き入れようと手招きしているかのように――・・・。



(sky様へ)


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