――――落ち着かない。 記憶を忘れていた頃の俺はとても楽しそうに実際の歳よりもいくらか幼い感じで、遊んでもらったり仕事を手伝ったりとしていて楽しそうだった。"俺"とは違った。 なのに政宗や片倉さんたちは俺の事をその記憶喪失だった時と同じように接していてそれが嬉しくて怖かった。不安になるんだ。"俺みたいな存在が"楽しく笑ったり、幸せそうに過ごしていいのか、と。政宗は良いと言ってくれた。言ってくれたけれども俺はまだ認められない。 俺がこんな風に叩かれずに怒られずに責められずにいるのは記憶喪失だった"俺"がいるからだ。"俺"の影響があるから記憶を取り戻した俺はこうして日々を平和に生きていけるんだ。 だからどうしても与えられた部屋から出るのに戸惑う。それこそ傲慢なのかもしれないけれど部屋から出て怒られることが怖い。怒る人はいないとわかっていても、怖い。 「っ・・・!」 足音がふたつ聞こえて身を竦めた。 ここの人たちとは違う足音に俺は恐怖で破裂しそうな胸を押さえて緊迫状態で固まった身体を動かして、押入れの中に隠れた。覗けるほどの隙間を開けて息を殺してその足音を響かせる存在が通り過ぎるのを待つ。 部屋と廊下を隔てる障子に二つの影が通りかかる。身長の低さ、影の形から見てもちろん政宗や片倉さん綱元さんとは違くて、女中さんたちの"着物"とはまた違う。足音と一緒に影の動きが俺の部屋の前で止まった。横に並んでいた影が正面向いて立ち尽くして更に良く形がわかる。 腰に手を当ててどこか気だるそうに立つ影と、少し控えめに立つ背の低い影。 俺の記憶にある二人の立ち姿と上手く重なり恐怖からの汗がどっと噴出す。 障子は開かない。 けれどもその二つの影はあっという間にこの部屋へと入り込み笑い出す。耳を塞いでも聴こえるその笑い声は俺を責めていく。俺を馬鹿にする。どうせお前は生きていても意味なんかない、と。どうせお前は誰にも"愛されない"と―――――。 「――――っ、ぁ」 影がこっちを見る。いつでも捕まえることができるんだという風にこっちを向いたままケラケラと笑い続ける。その笑い声が耳に響いて痛い。手で耳を塞いでもぎゅっと目を瞑っても頭の奥からも笑い声が聞こえて嫌になる。 嫌に、なる。 「つかさ」 ――声が消えた。 まるでそれは幻のようにピタリと止んで一気に静かになった。もう一度名前を呼ばれてその事を理解して硬くなった身をゆっくりと動かして襖の間から覗くと一つの影。生きている影だとわかりそっと押入れから出るとその久々に聞いた声の主の名前をいう。 「・・・シゲ」 "あの時"からずっと声も聞いていない。顔も合わせていない。会いたいと思う反面、刃を向けられた事を思うと・・・違う。俺のせいで、切先を向けなければならなかったシゲと対面するのが気まずかった。 障子を開けるべきなのか迷う。 こんな夜中だ。夜中だから開けるのは躊躇されるってのはなんか違うけれども、障子を開けたいと思う気持ちでは、雰囲気ではなかった。 シゲもきっとそう思っていたんだと思う。 「・・・つかさ」 「どう、したの?」 障子一枚で隔てられた空間。たった一枚だというのに二人の間はとても長く離れていて手を伸ばせば実際は届くのに、顔も見れるのに届かない気さえしてくる。 「・・・・・・・・・や、なんでもない」 「・・・。」 「お休みな、つかさ」 「・・・うん、お休みシゲ」 静かな会話。 障子の影が動き出してこの場から離れていく。 シゲに怪我をさせたし、一番仲良くしてくれたのに刀を向けさせた。 その罪悪感だけが場で濁り存在を主張した。 [*前へ][次へ#] |