このごろ、つかさの部屋の前を通るのが日課になっているように思える。 あの山賊の件でつかさは記憶を戻したらしいが精神的負担が大きく自室へと篭ってるのがほとんどとなった。 ―――とはいっても、最近では政宗様や綱元が暇さえあればやってきて呼べば顔を出すのだが。 「――つかさ」 小十郎は怖れていた。 成実もそうだがその次あたりに一日中今まで一緒にいたのだ。だからこそそのつかさの変わり様が恐ろしい。 このような前へと一歩進めないような気持ちは政宗――梵天丸が母君に忌み嫌われた時以来だろうか。 あの時も同じような、似たような気持ちだった。 片目が腫れ眼窩からはみだす、というものは母君からとってはとても恐ろしくそれでこそ愛した存在が化物に"盗られた"かの感覚に陥ったほどなのだろう。 小十郎も最初こそはその変貌していく若君に一時期不安、恐怖を感じた。が、そんな姿になっても母君を想い日々努力する梵天丸に心打たれ己を恥じた。そして梵天丸の部下として師として傍を付き添った。右目を取り出した後も。 名を呼んでしばらくすると障子が少し開いてその隙間からつかさの恐る恐るといった顔がみえた。日にあまり当たらなくてその肌は白い。飯は食べているようだが、痩せたようにみえる。 「・・・今日は野菜の収穫をするんだが、やるか?」 「・・・他に誰かいる?」 「―――――、いや俺とお前二人だけだ」 「じゃあ・・・いく」 驚いた。 最初の頃は是・否しか答えず何処かに行こうと誘えば首を振って障子を閉じてしまう。だからこそ今回、断われるのを覚悟で誘った小十郎だったが良い傾向に向かっている現に心が軽くなるのを感じた。 今日収穫するのは個人の畑ではなく軍の方で育てている野菜だ。 少しばかり成長が遅れた野菜があって、今日は成熟したそれの収穫が目的だ。人見知りの子供のように着物の裾端を掴みながらついてくるつかさ。人がこちらを見るたびに俺の影に隠れて歩く。 軍で育てている野菜は城門を出て直ぐ脇の所にある。門守が門を開けてくれたがつかさは一時、そこを通るのを正確には外に出るのを悩んでいた。・・・罪の意識だろう。 「つかさ、出ても平気だ」 「・・・・・・うん」 つかさは今、罪の意識で一杯なのだ。 つかさは記憶を思い出し辛い数々を思い出した。酷な事をされても確かに"親"だった存在を殺してしまった罪。それに加えて城外に出て行ってしまい政宗に身の危機を与えてしまった事、成実を刀で斬り付けた事。 何重にも圧し掛かる罪が、罪悪感がつかさを怯えさせている。 "殺したはずの両親がこちらを見ている"と幻を見てしまう程に。 畑にたどり着き残る野菜の育ち具合を見る。一本抜き取り大きさ、色を確かめてから収穫籠を下ろした。 「つかさ、大根を抜いたらここに入れろ。気をつけろよ、抜き方を失敗すると途中で折れるからな」 「・・・うん」 小十郎の言葉に頷いて足元にある大根の葉を掴んだ。大根を折りはしないか、怪我をしないか、と隣側の大根を抜きながらちらちらと見やる。 最初の一本、二本を抜いて籠に入れてまた前へと一歩踏み出そうとしたが――――小十郎はピタリと足を止めて首を曲げた。 後ろへと首を曲げてみると両手で大根の葉を掴むつかさが居るわけだが・・・。 「・・・・・・おい、大丈夫か?」 部屋に閉じこもった故に筋力がなくなってしまったのか、つかさは踏ん張って上へと引っ張るものの大根が抜ける事無く土の中で眠っている。 次第に息を止めて踏ん張っているせいかつかさの顔は真っ赤に染まって、そして力尽きて大きく息を吐くと大根の葉を解放した。 「・・・・・・・・・っだ、め」 「・・・・・・。」 身長こそ低いが齢は10代後半だというのになんという力の弱さか、とつい頭を抱えてしまう。 「・・・つかさ、大根抜いた場所の土耕しとけ」 「・・・・・・うん、了解」 つかさと一緒ということで軽く短いクワを持ってきていた小十郎はそれを持たせて土を耕すようにと指示を出す。 小さなクワだがつかさが持つと通常のクワと同じ長さに見えてしまい、またもや大丈夫だろうか、という不安に襲われる。 いや、だが、しかし。 いくらなんでも耕すことはできるであろう・・・。 とクワを持つつかさを少し様子見してから、大根抜きを再会させようと前を向いた瞬間。 「片倉さん、危なっ!!」 「なんだ――うおぉ!?」 突然の叫びにパッと振り向く。 目の前にクワが振り下ろされるのが見えて武士ならではの咄嗟の反射神経で一歩退いて寸でで避けた。 ザグリとクワの先が土に埋まって、そのクワを持つつかさは大根を抜いた時にできた穴に足を引っ掛けたらしく正面を土に埋もれさせていた。 「片倉さん・・・・・・痛い」 「・・・・・・・・・・・・はぁ」 前面を土塗れになったつかさを怒る気にもなれずに深い溜息を吐いた。 とりあえず起こさせて土を払ってやる。そしてこの時期だとまだ必要でない雑草抜きの仕事を渡してやり小十郎は収穫を再会させた。 収穫している間、これからは甘やかさないようにしよう、と小十郎は強く思い決意したのだった。 [*前へ][次へ#] |