――――――成実は毎夜うなされていた。 いや、つかさに刀を向けたその日から夜な夜な悪夢を見るようになった。 成実自身がつかさを殺そうとする夢。 刀で斬っても斬ってもつかさの体に傷をつけることができずそれに恐怖し狂乱の限りに斬りつづける夢。目の前のつかさの顔はこちらを向いているというのに見えない。 それが恐ろしくて、刀を向けているのが怖くて、死なないのが恐ろしくて自身が先に殺されてしまいそうになるのが怖くて―――――― 夢の中で、目を覚ますまで斬りつづけるのだ。 「――――――――っっぅあ!」 急激に覚醒して目をさますと同時に枕元にある刀の鞘を抜き虚空へと刃を横にふるう。 そこには何もいないのは知っている。ただ目を覚ますと見下ろすように何かが見下ろしているような恐怖に襲われて感じるがままに刀を手にとってしまう。 視覚で誰もいないことを確認すると長く息を吐いて刃を鞘へと戻す。袖で冷や汗を拭いまだ暗い障子の向こうの月明かりを見つめる。障子越しの月の明りは冷たい。 「・・・・・・またか、」 震える手、あの夢で必死につかさを殺そうとする自分を思い出して反射的に拳をつくり力をこめる。何処か空気の抜けた力の入れ具合にわらった。 「ははっ・・・だらしねえな俺ったら」 つかさに刀を向けたことを思い詰めているのか。あるいはそのつかさが向けてきた恐怖に怖気を感じ"いつか殺される前に殺さなければ"と思ってしまったのか。成実自身どちらかなのかわからなかった。もしかしたらどちらかもしれない。 どちらにしても今、つかさが"怖い"と思ってしまっているのは真だった。 あのつかさのまなざしが恐ろしくて忘れられない。部屋に引きこもったつかさが刀を向けた俺を怖がっている気がして、それが怖い。嫌われるということが、恐怖だった。 前までは、山賊の件の前は別に、どんなにつかさと戯れても命令されたら、害を成すと判断したらすぐさま斬れる余裕があったというのに。 今はそれが怖い。 それができない。 いつの間にかつかさが消えてしまうのを怖れるようになっていたのか。 こんなにもつかさと笑い合えないことが寂しく、怖いだなんて。 こんなにも―――つかさに刀を向けたことが怖いだなんて・・・。 まだ痛む肩。 それが痛むたびにその時の光景が思い出されて後悔に、恐怖に硬直する。 今日の昼もつかさに会えなかった。 「――――――・・・つかさ」 つかさに会おうと訪れても襖越しでしか会話をしない。それでも声は聞こえるから合間をとって来ていた。二日三日とたっても相変わらずはい、いいえ程度の言葉しか返さないでいる。 会いたい。 今日、初めてその思いを知った。 会いたい。会いたくて胸が締め付けられる。こんな襖一枚壊して中のつかさを引っ張り出して、抱きしめたい。 つかさの名前をつかさの顔を見ながら呼びたい。 つかさの笑顔が、見たい。 「・・・、」 この気持ちは、恋と一緒なのか。それとも親愛なのか。政宗の為に武を磨き刀をふるってきた成実にはこれが恋というものなのか親愛というものなのかがわからなかった。 ただ痛い。 息を吸うとじわじわ熱を持つ痛みがあって息を吐くとそこに何かが吸い込まれる。つかさを思えば嬉しくて、けどそれ以上に会えないという現実に顔が歪む。 布団を強く握りその痛みに耐え、成実は何も考えずにもういちど悪夢へと戻っていった。 寝静まった成実の部屋に音もなく現れ悪夢に落ちていった成実の寝顔を見る姿。 長い髪が後ろで結わかれていて月明かりに照らされた淡い笑顔が冷たく優しく見下ろしている。 「・・・つかさと一緒にいればいるほど、愛という赤い糸が縛り上げていく。愛というのはただ優しい幸福に包まれるものだけではない。愛というのは"全部"なんですよ。他人を視界に入れるのも、話すのも触るのも怪我を負わせるのも全部が"愛"なんですよ。・・・もちろん人を殺すのも"愛"の一つです。貴方のそのつかさを想う愛は何処に収まりますか?」 山賊の若頭として数日前政宗の前に現れた紅(こう)―――。 その時の服装とはだいぶ違い、手さえをも隠す長い銀朱色の羽織に黒鳶色の着物を身に纏い首元には赤い半透明の勾玉を揺らしていて成実が見ていたならばそれはどこか幻想的に見えていたに違いない。 夜に忍ぶ赤は届かない言葉を伝えて、その場に最初からいなかったかのように姿を消した・・・。 [*前へ][次へ#] |