森に入ってどのくらいかして、"子供"の声が耳に届いた。 あの夜の時の様な、引き裂けそうな叫び。 その叫びに俺も胸が引き裂けそうな、大切なものが傷つけられた時のような突き刺さる痛みが響く。 あ。ああ、つかさが。 人が、一人傷つけられたぐらいで、こうなるだなんて。 武士は人を傷つけるのに、殺すのに、なのに、こんな、こんな気持ちを――――――― 我武者羅に声がした方向へと走った。 身にぶつかる枝葉を腕で無理やりどかしてたまに足元の根につまづきそうになりながらもつかさを見つけるために、安否を確かめるために走る。 「―――成実さん!!」 途中、部下の一人が俺に声をかけたけれどもそれさえも耳を通り抜ける。 聴こえたけれど一分一秒が惜しい気がしてろくに返事もせず走り抜ける。 まだ会えないつかさの姿が浮かんだ。 頭を抱えて泣いてて、髪を掻き毟ってる。何か言ってるけど聞き取れやしない。つかさは顔を上げない。泣かないでくれよ。つかさ、泣かないで。 「―――つかさ・・・つかさ、つかさつかさつかさっ!!」 どうか、怪我をしていませんよう。 どうか、泣いてませんように。 どうか。 どうか―――――・・・ 目の前の木ばかり続いていた視界が開けてくる。 その先には一つの古小屋があって、茂みから飛び出すとつかさが男に、山賊の一人だろう。 そいつに踏み敷かれて片足から血を流し地面に血溜まりをつくっていた。 「――――つかさ!!」 ああ、ああ。 どうしてなんでつかさはいい子なのに。どうして、なんで、なんで。 胸の痛みが内側から膨張していく。 つかさの泣き顔が俺を見上げて、更に膨張して理性さえフッ飛ばしてしまいたいぐらいで、―――――――、 突然、つかさの表情が消えた。 泣き叫んでいた顔の力が全部抜けて、目だけは微かに見開かれて俺を凝視した。 その表情がまるで死人のようで、人間でない何かに思えて、吹っ飛びそうになった理性が"逃げろ"となんでか、頭の中でそう告げた。 だけど、逃げるわけにはいかない。 だって、ほらそこでつかさが泣いている。 「――――、嗤わないで」 「つかさ―――、!」 何か言った。 つかさが俺を見上げて何か言った。 「嗤わないで。嗤わないで嗤わないで嗤わないで!―――――・・・してやる、殺してやる!殺してやる!!あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあああ!!!!」 「―――何を言って・・・!」 つかさが引き裂かれた足を動かして立ち上がろうとする。 鍛えられていない身体で相手の力を押し切ることなど無理だというのに、男は驚愕の声を発していた。つかさの体が、どんどん起き上がっていく。 もう、押さえつけられないと思ったのか男がつかさから離れてクナイを構える。 抑えていたものが無くなり、ゆっくりと起き上がると血溜まりの地面に足をつき完全に立ち上がった。ゆらりとおぼつかない足取りでクナイを構える男を見た。 「――――死んじゃえ」 男を指差した。 指差して、死んじゃえ、死んでしまえと口にするつかさはいつものあの笑顔を浮かべるつかさとは一致しない。 つかさはそんな事、いわないはずだ。あんな、真顔で、言わないはずなのに。 指をさされ死んでしまえ、といわれた男から殺気が溢れる。俺は咄嗟に柄を握りつかさを守ろうと一歩踏み出した。 そして、目の前の不可思議な、奇妙な光景に目を奪われた。 殺気を放ち今にもつかさを殺しに掛かろうとしていた男の首から血が噴出した。 まるで首を刃物で深く切りつけられたように一線と血が噴出し、地面に赤い染みを作っていく。男は何が起きたのかまったくわからない目をしていてよろりとよろめき首を押さえようと手をあげて、後ろへと倒れた。 異様なほど流れ出ていく血が男を血の海へと沈ませていく。 「つかさ・・・?」 どうやって男を殺したのかはわからない。 わからないが、つかさが"殺した"ことは確かで、その事に酷く動揺する。 つかさは人を殺すだなんて、ありえないと思ってたから。つかさは本当に子供で、子供のようで、笑い方も見ているだけで和んで、遊んでやってからかうたびに口を尖らせてけれど、どこか嬉しそうに微笑んでいた、あのつかさが。 一番、人殺しに無縁なはずのつかさは目の前で何をした? どうやったかわからないが、男を殺した。 男を殺したのだ。 つかさが今度は俺の方をみた。 いつもの楽しそうな目とは違って、深い崖底の、絶望の黒い目をこちらに向けてくる。寒気がするほどの殺気をその目にのせて俺を視てくる。 つかさの後ろで痙攣し今まさに絶命しようとしている男がいて、つかさがこっちに来る前に刀を抜いた。 殺す前に、殺さなきゃ。 俺が、俺が殺される―――― [*前へ][次へ#] |