「あ、今からお母さん北海道だから」


「「は?」」












北海道のおばあちゃん、腰痛がひどいらしくって。

金曜の夜、夕ご飯を十四郎と総悟の二人で済ませた後、仕事から帰って来た母がいきなりこう言い放った。
丁度二人で対して面白くもないテレビ番組を見ていた矢先、こうだ。リビングでさらりと言ってのける母に少なくとも十四郎は椅子から滑りおちそうになった。
バタバタ小走りで自分の寝室へ向かう母を、慌てて十四郎は追いかける。遅れて総悟も、寝室へ顔を覗かせた。

「10時の飛行機に乗るから。洗い物済ませておいてね、早くしなくちゃ」

早口で喋りながらばたばたと忙しなく準備。キャリーに洋服や日用品を突っ込みながら説明をするという、何とも器用なことをやってのける母を見て、十四郎は呆れ顔で呟いた。

「だからっていきなりすぎじゃね?」

「仕方ないでしょう!今日のお昼に携帯にメール入ってたんだから」

「ば、ばあちゃんメールするのか」

「今どきの老人舐めたらいけないわよー」

「・・・腰痛だけで行くこともないんじゃないですかぃ?」

丁度キャリーに新品の歯ブラシを押し込んでいたところ、タイミングを計らって総悟がしゃべった。
不思議に思ったのだ。
ただの腰痛なら、祖母は結構な頻度で起こっているはず。それをわざわざ、東京から飛行機を使って北海道まで飛ぶとはどういうことだろう?
それを聞き、十四郎と総悟の母は手を止めまた早口でこう言った。

「家具の移動途中、痛くて動けなくなってしまったんですって。なんとかベッドまで動いたものの、家具放置状態はまずいでしょ。だから今すぐ飛んでいくから、ついでに掃除もいろいろしたいし、・・・まぁ月曜には帰るから」

バタン!と勢いよくキャリーを占め、丁度ドアの手前に立っていた兄弟の間を母は堂々と通り抜ける。
とんとん、リズム良く階段を下り目指すは玄関。靴を履き振り向いてこう言った。まるで鴨の親子の様に律儀に後ろを付いてきた、とても似てない兄弟へ。

「くれぐれも喧嘩するんじゃないわよ」

「・・・」

「はーい」

十四郎はあさっての方向へ目をやり、総悟は半眼で棒読みに返事。
大丈夫かしら、と母が小さく呟いた。

母が見るにこの兄弟、あまり仲が良い方ではないのだ。
二人で喋る時も一言二言で会話が終了するし、性格真逆なため意見が食い違い衝突することだってある。十四郎はよく動いてくれるが、総悟は面倒くさがり。兄にばかり負担がかかってしまうのでは、と母はとてつもなく心配していた。

「役割分担とかちゃんとするのよ。総悟、お兄ちゃんにばかり家事させないで手伝いなさい」

「分かってますって」

「・・・俺もちゃんと言うから、母さんは心配しなくていいよ」

「それじゃぁ、行ってくるね」

十四郎の言葉を信じ、母はドアノブに手を伸ばした。
ちらり、二人を見てドアを閉める。小走りで駐車場へ向かった。


ああ、どうか、土日はなんとか家のことをちゃんとしていますように、と神だか何だかに祈りながら。




。。。






バタン、とドアが閉まり突然静寂が訪れる。

先ほどまで喋りまくっていた母が居なくなったのだから当然だ。嫌に静かな家に総悟は違和感を覚える。
まぁすぐ慣れるかな、と呑気に考え突然隣が気になった。

ちらり、兄を横目で盗み見る。
ちらり、気付いた様に十四郎もこちらに目線を投げかけた。


数十秒経過。


沈黙を破ったのは・・・



「「やっ  たァァァァァァ!!」」



・・・二人だった。

「まじですかぃ!二日!二日も誰も家にいない!」

「夢じゃねェよな!嬉しいなァ、総悟!」

がばりと兄に抱きつき、総悟は心底嬉しそうにはしゃぐ。ぴょん、と飛び跳ね十四郎の首筋に顔をうずめた。
十四郎も珍しく、そう、本当に珍しく、顔を緩め弟を優しく抱きしめる。総悟が首に顔を寄せるので、後ろ頭に手を添えてやった。

「本当に、嬉しいでさぁ!これで・・・!これで、思いっきりいちゃいちゃできまさー!」

「あぁ、そうだな。母さんの目があったらなかなかできねェしなァ・・・」

「ねぇ、トシに。もっとぎゅってして」

「ん。思う存分」

十四郎は総悟の背に手を回し、もっと密着する形をとった。逞しい兄の腕に抱かれ、総悟は夢心地な気分を味わう。胸の奥がきゅぅっと締め付けられ、肩が震える、無意識に目を閉じてしまう・・・。


そう、二人は付き合っていた。

正確に言うなら愛し合っているのだ。母の目を盗んで、怪しまれない様、普段そっけない態度を取りながら。


「んへ、し、幸せ、玄関でこんなこと、普段ならできませんよぅ」

「そうだな。土日は思う存分くっついてようぜ」

「はいっ」

少し離れ目線を合わせる。
ほんの少しだけ自分より背の高い兄を見上げ、総悟はどきどきと胸が高鳴った。二つしか離れていないのに、やけに十四郎が大人に見える。背だって7センチしか離れていたいのに、だ。雰囲気がとても格好いい。兄にこう思うのは変だろうか。でも、それでもこの気持ちは止められない。

「・・・玄関はさすがにヤバいか?」

「ん、鍵は、母さんがしたから、して、いいよ」

「総悟、」

そっと近づいてくる兄の唇に、総悟の心臓は壊れそうだった。誰が来るか分からないので、玄関でキスなんて想像もできなかった。けれども今日は、今日から二日は、そんな心配だってないのだ。鍵もかかっているため、外側から開けられる事もない。

「ん」

目とつぶると、優しくキスをされた。
触れるだけに何度も、繰り返される。ふわふわ、宙に浮かんでしまいそう、そんなことを考えていると。

「ん、ぁ、!」

「ちゅ、 やべ、止まらなくなるから、これでおしまい」

ぺろり、と唇を舐められその後、優しく唇を吸われた。ちゅっと玄関にリップ音が響き総悟の顔が熱くなる。
止まらなく、なるって、玄関で何をしようとしていたの、この兄は!

「そ、そうでさ!よく考えたら玄関で何してんでぃおれら!」

「そうだよな、いけねェ、興奮しちまってたわ」

「こ・・・」

兄の興奮発言にぼふっと顔を赤くさせながら総悟はキッチンへ足を急がせる。恥ずかしいったらない!こっちだって興奮しているのだけれど、恥ずかしくて口に出していないのに!

「何だよ、気分悪くしちまったか?・・・総悟」

「いえ、その、食器、洗おうかと思って」

「あぁ、俺がやるよ」

「・・・そのぅ」

「ん?」

キッチンにたどり着き、総悟はスポンジを片手に顔を俯かせる。にぎにぎと遊びながらこう口にした。

「そのぅ、一緒に、洗いやせん、か」

「!」

「あう、し、新婚気分を味わいたいんでさぁ」

恥ずかしくて恥ずかしくて、涙まで浮かんできてしまって。総悟は居た堪れなくなる。
・・・一度してみたかったのだ。
二人いっしょに、洗い物。
それを聞いて十四郎が口を開いた。蕩けそうな、甘い口調で。

「言っとくけど、お前が嫁、な」

「っ!」

どすっと心臓を矢で打ち抜かれた気分を味わった。今まで上か下か、なんて決めていなかったのだ。それを今、いきなり再確認させられた。やっぱり俺が下なのかァァ!としゃがみこんでしまいそうになる。・・・嬉しくて。

「へ、へぇ、俺も、兄ちゃんが、夫が、いいでさ」

「〜、もう、さっさと洗い物すませるぞ!」

「へぃ!」

総悟の手からスポンジを奪い取り、十四郎は叫んだ。
二人して顔を真っ赤にさせ、少々乱暴に洗い物を始める。がしゃがしゃと音を立てるのは、どうしようもなく恥ずかしいからだった。十四郎が洗剤で洗い、総悟が湯で食器を濯ぐ。流れ作業であっという間に片付いた。

「ふふ、何かいいですねぇ、こういうの」

「そうだな、・・・ってか本当可愛いなお前」

「何言ってんでぃ・・・!てれ、照れまさ!」

布巾で食器を拭きながら、二人は惚気た台詞を吐きまくる。時たま十四郎が総悟の髪の毛に顔をうずめるので、やられた方はひぃぃと食器で顔を隠す。

「に、兄ちゃんじゃ、ないみたい」

「何でだよ、俺だぜ?」

「ち、違う、だって、こんなにべたべたしてくるなんて、思ってなかったでさー」

「浮かれてんだよ、察しろ。お前とこうできるの、滅多にねェんだから・・・」

最後の食器を拭き終わり、戸棚に戻すと十四郎が抱き締めてきた。びくり肩を震わせ総悟もおずおずと抱き締め返す。

「ねぇ、兄ちゃん。トシ兄。」

「んー?」

「一緒、お風呂入りやしょう!」

「ぶッ」

無邪気に大胆な発言をする総悟に、げほっと十四郎が咳き込む。顔を真っ赤にさせながら、十四郎は総悟に叫んだ。

「な、なな、何言ってんだてめェ!」

「だって考えてくだせェよ。高校生ですぜ、おれら。さすがに一緒に入ったら母さんに怪しまれまさぁー・・・。チャンスは今回しかないんでぃ!」

「の、ノリノリだなテメェ」

「それで、それで、トシ兄と一緒におんなじベッドで寝るんでさー!」

「・・・カハッ」

とうとう変なかすれた咳が出てしまう。無邪気な弟が可愛くて仕方がない。同時に不安になる。本当に意味が分かって言っているのだろうか、こいつは、と。
ドドド、と激しくなる心臓をむりやり無視し、十四郎は総悟の耳元で囁いた。とびきりの、低い声で、ゆっくり。


「俺が、身体洗ってやるな?」

「、・・・、!あ、え、」

「返事は・・・?総悟。」


「は、はい・・・」


息を吹き込むように囁かれ、総悟の目元がとろとろ甘くなる。一緒に入ろうと言い出したのは自分だけれど、十四郎はそういう意味でとらえたらしい。
どうなっちゃうの、と思いながら総悟は目をつぶった。まぁ、兄は自分が嫌がることはしないので、不安はない。


むしろ期待を、してしまう。これから二日。




二日の甘い日々を夢に見、十四郎にそっと唇を寄せた。





***
みか様リクエスト、『砂吐くぐらい甘い兄弟パロ』でした!
結構な砂吐く土沖だと思っているのです、が、どうでしょう・・・←
すっごく楽しかったです(笑
二人がらぶらぶすぎて、思わず怪しい方向に・・・すみません!普段はそっけない兄弟は実はラブラブでした、というシチュエーションに萌えるのです^^
ちなみに今まで書いてきた兄弟パロとは何の関係もありません!
ではでは、みか様リクエストありがとうございました!


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