「・・・総悟」

何分たっただろう。
総悟は泣き続けていた。兄の手も緩み、落ち、耐えきれず両手で顔を覆って下を向いていた。
十四郎の反応が怖くて、怖くて、名前を呼ばれ身体がびくついた。

「・・・・・・総悟。」

ゆっくり名を呼ばれる。
いやに優しい。それが怖い。
今から何を言われるんだろう・・・。けっして良い言葉でないことは、確か、だ。

総悟は覚悟を決めたようにぎゅっと目を瞑った。


「辛かったな」

「え?」


思わぬ言葉が投げかけられ、総悟は下を向いたままだったが唖然となる。
・・・何、今から何を言われるの。

「俺が、・・・兄ちゃんが好きって、辛かったろ」

同情なんていらない・・・!
そう思い総悟は自分の耳を押さえた。兄の声が聞きたくない日が来るなんて、思わなかった。

「聞け、総悟」

力強く言われ総悟は震える。押さえても聞こえる兄の声。震える手を耳から離した。・・・しょうがない。
我慢し彼の声を聞き続ける。





「あのな、俺も総悟のこと、そういう目で見ちまってるかもしれねェ」





「       」

口が開いた。
目線が上がる。
それでも十四郎の目を見つめることはできなくて、
十四郎の腹あたりで視線は止まる。

何だ。


何て言った、愛しい人。



「この前、お前、夢見たろ」

「その時、俺の手に、・・・口を寄せたよな」

「まるで・・・・・・キスされてるみたいで」


「・・・っ」


とたんに恥ずかしくなる。

そうだ。最近、あの夢、悪夢を見た後。
十四郎が部屋に来てくれて、嬉しくて、たまらなくなってしまって。
・・・同時にひどく切なくて。
思わず口付けてしまった。
両手で大きな十四郎の手を握り締め、そっと。

あの後何事もなかったように振る舞ったが無駄だったらしい。

「あ、ああ、あれ、は、!」

「それだけじゃねェ!」

「!?」

「ずっと前からだ!」

まるで怒気を含んでいるように十四郎が叫び総悟は身体を跳ねさせた。

観念して十四郎を見上げる。



十四郎の顔が赤かった。


「・・・!?」

「悪夢見た後お前はいつもだ!俺の胸に擦り寄って来るし、その後何度も深呼吸して、その後すっげぇ嬉しそうに笑うから・・・!さすがに前のキスは驚いたがな、その前からずっと俺は、俺は、」

「・・・、兄ちゃん」

「・・・・・・苦し、かった」


ずっと泣いていたが思わず兄を呼んだ。
呼ばずにはいられなかった。

本当に・・・?弟という立場を利用して、浅ましく寄り添ってしまった自分に、少しは、
少しは、胸を苦しめてくれたの・・・?


「俺、変なんだ、総悟に、そういう目で見られると、流されそうになる、」

「えっ!?」

「気付かねェ?お前の顔、すっげェやらしいよ」


苦しそうに笑う十四郎を見て心臓が跳ね上がる。
どくどく血流が上がり、カタカタ震える、手が、足が、肩が、

「や、やらし・・・?」

「うん

眉寄せて

目を細めて

ゆっくり近付かれたら

たまんねェ」


十四郎がくしゃりと前髪をかき上げた。
照れ隠しだろうか、だがその行動が様になっていて総悟は胸をぎゅっと押さえた。恥ずかしい、
自分は、そんな行動を取っていたの。


「もう完敗だよ。はぁ、弟なのにな」

「っ」

「お前の行動に惹かれた」

「あ、」

「俺の勘違いだと思っていた。けど違ったんだな」


抱き締められる。

腕を背中に回され片手は後ろ頭に支えられた。
十四郎の匂いが強くなる。くらくら、倒れてしまいそう、
それを阻止するように、十四郎の腕が強くなってもっと密着する。
隙間が無いくらい、ぎゅっと。


「だったら、流されてもいいよな」

「に、にいちゃ、」


「好きだよ」


耳元で、息を吹き込まれるよう囁かれ総悟は身体をびくつかせた。
こんな土方さん知らない、こんな兄、知らない。

知らないけれど、たしかに、この人は。


「っく、にい、にいちゃ、おれ、おれ、」

「あ!?な、泣くなって・・・!」

知らないけれど、知らないけれど、でも、確かにこの人は十四郎だ。
十四郎が自分を抱き締めている。

信じられない、総悟はぼろぼろ涙を流した、涙腺が、壊れた、みたい、に、


「うぁぁぁっ」

「・・・よしよし」

「っく、ぁっ、ぁ、」

「総悟」


喉がつかえる。
息が上手くできない。
手が震える。
口元が歪む。
声にも、ならない。


子供みたいになきじゃくった。
喉奥から出る声は声でなく、甲高く子供が泣いている様な音が出てしまった。恥ずかしい、けれど、止める術を知らない。あまりにも

あまりにも、信じられなくて。


「に、にいちゃ、もう、だめかもっ、しれっ、しれな」

「何がだ?」

「うっ、うっ」

優しく頭を撫でられ総悟は意識もぶっ飛んでしまいそうな感覚に陥る。
撫でているのは誰の手だ。

「にいちゃぁんっ・・・!」

「・・・っ、ん?」

「すきでさぁーっ・・・!」

「・・・、ん」

よく聞くと十四郎の声も詰まったように聞こえた。それが分かると総悟はもうたまらなかった。
自分の、泣きながら伝える情けない行動に、兄が、十四郎が、少しは、感動している様で・・・。

「ぁっ、ぁっ、」

「俺も好きだよ、・・・泣くなって、つられる・・・」

「ひっ、ぃ、」

とうとう十四郎の声が震え、泣くなと言われた総悟の涙は止まらない。止まるはずもない。
ずっと想いを寄せていた相手に、こうも愛され抱き締められているのだから、止まらない・・・。



「  」


「っく、ぇっ、?何、何て言ったの、兄ちゃん、」

「総悟。」

 総悟。



   総悟






とくり。

涙はまだ流れるけれど、総悟の心臓が小さく跳ね、そして止まった。


息を飲む。


神様。

いじわるな神様。


もしかして・・・



「おれを、十四郎に会わせてくれた・・・?」



土方を兄にしたのは、更に過酷な状況にさせる訳ではなくて、

最初から、

生まれた時から、傍に居させてくれていた・・・?


だから、自分は弟なのではないだろうか。

だから、名前が一緒なのではないだろうか。

思い出せば、過去に見覚えのある人は全て名前が違ったはず。生まれ変わっても、名前が同じだなんてあり得ない。
カチリ。
頭で何かが噛み合った。

神様。



「もっと呼んで、総悟」

「うわっ、!」


ドサリ、ベッドに押し倒され総悟は慌てる。少し待ってほしい・・・!それはあんまりだ・・・!

「ひ、ひい!土方さん、ちょっと・・・!」

「んだよ・・・またヒジカタかよ。十四郎って呼んで」

「えぇ、兄ちゃん!?」

「・・・総悟は、土方が好きなの?」


「!」


「・・・いや、何も知らねェ俺が言うことじゃねェけど、」

目を逸らし十四郎はそう口にした。それを見て総悟の胸は高鳴る。
いつの間にか、涙は止まっていた。頬の雫は乾いていないけれど。


「・・・」

「総悟?」

「土方さんは、兄ちゃんにそっくりな人、でさぁ」

「え」


目を丸くする兄を見上げ、総悟はなんとか説明をする。

昔、とても心地よい春の中旬。土方が結婚をした時の話を。


「俺が・・・?」


十四郎は目を細め、首を傾げた。
無理もない。十四郎は昔のことなど何も覚えていないのだから。
総悟はふっと笑い、手を伸ばした。十四郎の髪に触れた。

「すごく、苦しかったんですぜ?・・・好きだったのに」

「・・・」

「結婚、しちゃう、なんて、」

「総悟」


頬の涙が乾かない内に、またも新しいそれがあふれる。ああ、いつもだ。このことを考えるだけで胸が張り裂けそう。
慌てる十四郎を見、総悟はなんとか笑顔を作った。


「俺は、俺だよ」

「えっ?」


「叶うよ」


叶わないまま、悲しいまま死ぬって、俺のことだったんだな。

不意打ちに先ほどの言葉を囁かれ総悟の肩がびくついた。

「かっ、叶う?」

「今まさに。好きだって言ってんだろ?」

「あっ」


十四郎はそれにな、と口にし総悟の額に口を寄せる。

「俺は、土方じゃねェんだ。ってことはな、」


「何が起こっても、結婚した相手は土方にならないってことだろ」


「       」


「な。」


溢れる、どうしよう、何で、そんな言葉を言ってくれるの。
それを、どうしようもなく嬉しい自分は何なの。

何で、土方の姓になった女性がうらやましかった自分を、この人は知っているの・・・!


「っく、ぁぁっ、!」

「!!い、嫌だったか?総悟、俺は結婚しねェからな?さっきの言葉はそういう意味じゃ、」

「うん、うん・・・!」

「総悟・・・?」

「俺たち、一緒の姓ですもんねぇ・・・!」

「・・・っ!」

思わず笑顔になる。顔が緩む。涙は溢れるけれど。

そうだ。どんな形であれ、愛しい人と共にいる。こんなに近いんだ。
苗字は沖田でもなく、土方でもなく、どこにでもいそうな苗字。それを考えただけで苦しくてたまらなかった総悟の胸も、少し軽くなった気がした。


「・・・うん。同じだ。少し変だけど、そういう意味に取っちまってもいいんじゃねェか?」

「そういう、っひく、意味?」

「こういう意味」



涙をすくうように添えられていた総悟の手を、土方が退かす。
両手でつかみ、そのまま指を絡めて、近寄る。黒と茶の髪の毛コントラスト。

唇が触れた。



「ふ・・・!」


震えるくらいに嬉しくて、総悟はぎゅっと目をつぶり兄の絡める指を握り返した。
ゆるり、そのまま唇は擦り寄り優しく吸われる。ちゅぅと音がした。

「・・・、ひ、う、」

「総悟?」

やべぇくさすぎたか、今のセリフ?と兄が呟いてやっと総悟は目を開けた。恥ずかしい。
初めてのキスだった。こんなにも、恥ずかしい。

「あぅ」

「・・・照れてる?」

図星をつかれ総悟の肩は跳ね上がる。
それを見て十四郎はくすりと笑みをこぼした。

「かわいいなァお前」

「〜、!」

「好きだよ」


「おれ、おれ、も、」


「うん」




感情があふれて死にそうだ。



こうも人を愛しく思うことができるのか。



もしかしたら、できなかったかもしれない。



過去がなければ、きっと。




愛し続けた自分がいなかったら、きっとこんな気持ちにはならなかった。




兄の吐息を感じ目をつぶる。



なァ神様。

いるのなら聞いてくだせェよ?




俺は今、とても、

とても・・・






過去
Thanks!「Arrow of Love」
***
みやこ様リク『未来、恋よの続き』でした!
すみません異常に長くなってしまいました・・・orz
そしてまとまりがなくて本当に申し訳ございません・・・。
全体的にシリアス風味になってしまいました・・・!
総悟が頑張ってなんとかくっつくかな、と思っていたんですけれど、総悟の想いが強すぎて兄に届いてしまったようです^^
ではでは、みやこ様リクエスト本当にありがとうございました!


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