キスをするなら早くして!
「歯は磨いたか」
「はい」
「ちゃんと風呂も入っただろうな」
「もちろんです」
夜。
ベルゼブブは芥辺の寝室にいた。モノクロで統一されたそこはいかにも芥辺らしい。
冷たく感じる殺風景な部屋だったが、ほんのり明るく照明で照らされ居心地はそれほど悪くない。
そんな寝室で、ベルゼブブは芥辺のベッドにちょこんと正座をしていた。
「本当に、食って、ねぇだろう、な?」
「はいはい」
念を押してそう聞く芥辺に、何回言わせる気だこのクソが!と思ったがそれは心の中で止めた。そんなことを口にしたら、結果は目に見えている。とたんに肉塊になってしまうだろう。
ところで何を食べていないかというと、それはベルゼブブが高尚だと言って聞かない排泄物を食す、あの趣味のことだった。
「別にいいじゃないですか。臭いなら和食のなっとうだってありますし」
「なっとうと一緒にするんじゃねぇ」
芥辺の眉間の皺がぐっと増えたのを見てベルゼブブはしまった、と自分の口を小さな両手で塞いだ。趣味のことをとやかく言われたのだから、少し反論してみたのにそれだけでもキレられたらたまらない。しばらく黙ると芥辺は観念したようにベルゼブブに片手をかざした。
「?」
黒一色の部屋が眩い光に包まれそこには魔界姿のベルゼブブがいた。
人型の重みにベッドがぎしり、わずかに音を立てた。やっとだ、と思いベルゼブブは目線を下げる。少し居た堪れなくて、芥辺と目線を合わせられなかった。
「ベルゼブブ」
ほんの少し、本当に、少しだけ、その声に甘みが増している気がしてベルゼブブの顔がかっと赤くなる。ドキドキ高鳴る心臓が痛い。いつも怖くてそっけない彼がこうやって、名前を呼んでくれるのが嬉しいのだ。
「こっちを向け」
「ひ、」
乱暴に顎を掴まれベルゼブブの肩が跳ね上がった。その行動は怖さから来ているのではない。昼間にこれと同じことをやられたら、あまりの怖さに尿意すら催すのだが今は違う。恥ずかしさと緊張が一緒になって跳ねる肩。
キスを、される前だから。
「あく、アクタベ氏」
「ん?」
近くて、芥辺の瞳がよく見えて、ベルゼブブの左胸は早鐘のようだった。
芥辺の長い前髪がさらり、揺れて近付く。もうそこに。
「ん」
唇が重なる。
芥辺の唇は想像していたよりもずっと暖かくて、何故だか笑いがこみ上がってきた。こんな冷徹極まりない人間でも、ちゃんと血が通っていて暖かいのだ。
「ん、ん、」
触れるだけのキスを繰り返し芥辺はそっと口を離す。突然唇の感触が無くなったのでベルゼブブは薄く目を開けた。
「うわっ」
「何だ」
「いえ、あまりに近かったものですから・・・」
「・・・・・・」
「ん?」
まだ顎は固定されたままなので、下を向くこともできず至近距離で見つめ合う。しかし間が長い。恥ずかしがりながらもベルゼブブは疑問を芥辺に投げかけた。
「あ、あの、」
「?」
「これだけ、ですか」
「・・・・・・・・・・・・」
照れて照れて目を瞑ってしまいたい衝動に駆られたが、なんとか耐えて見つめ続ける。すると芥辺はぐっと眉間の皺を濃くした。それを見てベルゼブブは目を丸くする。
「え?」
「・・・舌を入れていいものかどうか・・・」
「えっ!」
もしかして芥辺も照れているのだろうか!と有頂天になったが次の瞬間それは勘違いだと気付かされる。
「やっぱり二週間はクソ食うの我慢してもらわないとできねえわ」
「・・・・・・」
キレたベルゼブブが肉塊になるまであと少し。
***
またもや支部に上げたやつ
全裸待機してもらってもう、本当、動機が止まらなかったもの
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