ホストの接客で大切なのは嘘を吐く事だ。

先輩の破牙に聞いてなるほどと沖田は心底納得をした。この間こういう事があって……等というどうでも良い話に同意し合わせれば女は喜ぶものだからだ。俺も俺も。は魔法の言葉。共感をすればする程自然と客も心を許してくれる。そこを狙って常連を作る。また沖田は口が上手かった。甘いマスクも手伝ってか、あっという間に人気のイケメンホストになった。

しかし。
ただ喋るだけでは仕事は務まらない。知恵もなければ会話も広がらないから。
最近出来た客、金持ちの女が花が好きで、花の色彩やら花言葉やらが好きらしい。沖田は大変面倒に思いながらわざわざお休みの日に勉強だ。ネットは便利だが実際に見て見なければ感想は難しい。近所の小さな花屋に足を運んでさて物色。冷やかすだけ冷やかして、質問をするだけ質問をしてさっさと帰ろう。なんて迷惑な客になる気マンマンで、可愛らしい小花柄で出来たフラワーショップという文字の店をくぐった。

風が吹き抜けた。

「いらっしゃいませ。」

ぶわりと男の周りに花が咲いた。いや待て。実際に咲いている。落ち着け。
男は花屋の定員だった。紺のエプロンをしている。カウンターに座り何やら作業中。その姿すら様になっていて沖田はぽかんと男を見つめてしまった。
ものすごいイケメンだ。ホスト界に居て一年だがこれほどまで美形はなかなかお目に掛かれない。いやそれよりもこの胸の高鳴りは一体何なんだ。

「……?」

少々眉を潜めて沖田を見つめ返す定員。しまったと慌てて目を逸らす。それだけではあんまり気まずいので口を開いた。

「ク、クリスマスの花って何かありやせん?」

「……ああ、それでしたら。」

頷いて男が立ち上がる。入口付近に向かい跪き赤と緑の花を紹介してくれた。

「ベタにポインセチアはどうでしょう。後はクリスマスローズ……プレゼントですか?」

花を眺める彼の横顔にぼーっとしていたら話しかけられ沖田は内心挙動不審になりながらなんとかポーカーフェイスを保つ。

「そんなもんで。下見でさァ」

「だったら、バラのブーケが人気ですよ。真っ赤で……これがうちの一番ですね。」

バラがガラスに綺麗に飾られたドライフラワーを手に男が微笑んだ。
サービス業特有の笑みだとか、自分と同じく今まさに嘘を付いているのかもしれないだとか、そんなもの、今の自分には関係が無かった。沖田はぶつんと頭の中の糸が切れ、男の手を握り締め叫んでいた。

「土方さん、付き合ってくだせェ!」

「はァ!?」


しっかりちゃっかり男の胸のネームプレートを確認していた。土方と、とても丁寧でしっかりとした文字にさえ沖田はときめいていた。






「土方さーん、います?」

「また来たのかよ。」

沖田は慣れた様子で花屋を訪れた。びしっと暗い赤のスーツに身を包み、キラキラと輝く笑顔でカウンターにいる土方に声を掛ける。
怒涛の告白はもう二週間前の話だ。一目惚れをした沖田が土方に当たって砕けろとタックルしたのだが見事ご丁寧に振られてしまった。当たり前と言えば、そうなのだが。
それでも気にしない沖田はそれからアプローチを続けている。もう客として接するのも面倒になったのか土方はタメ口で喋る様になったりとなんとか初対面よりは押せているのでは。と沖田は前向きだ。
沖田に気にせず仕事を続ける土方を見てにんまりと笑い次に店を見渡してみる。会話の手口は周りから。

「あれ。リース売れてますね。」

「あぁ、ついさっき客がな。買ってった。」

クリスマス近い今日にリースの数が減っていた。この店手作りのリースはリボンと花がいい具合にマッチしていて愛らしい。お値段は少々するのだが客の好みに当てはまれば堪らない一品だろう。

「んじゃ、俺もこれ一つくだせェ。」

「お。珍しい。一輪の花を数組じゃなくて、か。」

普段は土方目当てで仕事前に立ち寄り、客へのプレゼントと偽って数組花を買っていくのだが今日はお休みの日だった。らしくないが部屋に飾ろうとリースを選ぶ。

「どれがオススメですかぃ?」

「んー、これ。」

土方の指先を辿ればシンプルな青と白のリボンでまとめられたリースがあった。白いバラが綺麗だ。

「じゃぁ、これでお願いします。」

「さんきゅ。これ俺が作ったのだから」

えっ。
沖田は目を丸くしてレジに向かう土方の背中を眺める。早く来い、と急かす土方がむすっと機嫌悪そうにそっぽを向いた。どどーんと心の中で、火山が噴火をしたような……そんな気分に陥った。




十二月二十五日、クリスマス。
欠伸をしながら沖田は花屋へ向かう。昨日はすごかった。ものすごい一日だった、と遠い目をして振り返る。

イブは沖田の誕生日だった。
イブと店ナンバー1の沖田の誕生日が重なるとそれはもう大盛り上がりの一日で。客が来るわ来るわ酒を飲んでも飲んでも溢れてくるわで口とパフォーマンス、体も張りまくりもうヘトヘトだ。

ロマンチック好きにも程がある。女がこうも張り切るのならクリスマスイブが誕生日、だなんて嘘を吐かなければよかった……。沖田は後悔をする。話題作りの為にイブが誕生日、だなんて嘘を吐いていた。

しかも、忙しすぎて土方に会いに行けなかったし。
やるせない気持ちを抱えながらクリスマスに沖田は花屋に向かうのだ。

「土方さーん!」

花だらけの中かき分け土方を見つけ出し沖田は笑顔で話しかける。自然と出る笑みはこの人の前くらいなもんだ、なんて甘々とした考えを持ちながら。

「おお。待ってたぜ。」

「……ん!?」

沖田を見るなり緩く笑み待ってた、なんて口にする土方に思わず身構える。何だ。こういう反応は初めてじゃないか!?

「なんでぇ」

「ちょっとこっち来い。」

手招きされ店の少し入った所に案内される。こんなところ、初めて来た。小さな倉庫のような所で沖田はドキドキする。密室じゃないか。

「ほらよ。」

「!」


ブーケだった。

真っ赤なバラが集まる中クリスマスローズが隠れている。小さ目のそれはしっかりとラッピングされていて目を見張る。
土方から手渡される。どういうことだ、これは。

「昨日渡したかったんだけどよ。お前、誕生日だったんだろ。」

「な、何で知ってんでェ……!」

「ここの常連。ほら、財閥の」

あの金持ちの花好きな女……!
沖田は大きな目をひときわ丸くさせた。つまりだ。
ここの花屋へと来るきっかけになった女が、花屋の常連でもあったのだ。
接客中にクリスマスの話になり、そこから誕生日である沖田の話題になって判明したとのこと。

「イブの楽しみが増えて大変だって言ってたぜ。沖田がホストだってことは俺知ってたし、もしかしたらって名前聞いたらビンゴだったよ。」

「な……な……」

「そのブーケは客にやるなよな。……俺が作ったんだからよ。」

「……。」

今度は。

さすがに噴火はしなかった。逆に、スッと心の奥が冷え始めてしまった。だって。

だって嘘だ。
嘘の誕生日を、ここまで祝ってくれているんだ。大好きで、一目惚れだってして通い詰めて。その人からのブーケが、誕生日じゃない誕生日に。

「……俺……、」

「沖田?」

自分の行動が。いかに酷いものだったか。
客に夢を見せる仕事だと言えば聞こえはいいが、そこには心がない。心無く、面白いから、売り上げが伸びるからといった理由で吐いた嘘が、こんな所まで侵入してくるなんて。

「おれ……」

「沖田。」

「……本当は……」

幻滅、されるだろう。

「……誕生日、七月なんでさ……」

「え。」

俯く。顔なんて見ていられない。

「な、夏だから!しかも、七夕と一日ズレてるし、つまんねぇって思って、思い切って、イブが誕生日っつって、」

土方のスニーカーが見える。花の汁等ですぐ汚れちまうんだ、と苦笑いしていたのが浮かぶ。

「だから、これ……もら、貰え、ません。」

震える。返したくない。本当は貰って家に飾りたい。家の一部にしてしまいたい。傍に置いて、土方を思い出したい。けれど、罰だ。
嘘を吐いた罰に、返すんだ。

「……。」

沈黙が広がる。返そうと差し出した沖田のブーケを握る手に、土方の手が重なった。

「……っ、」

「そうだったのか。ホストって大変だな……。」

「……ごめ、」

「じゃ、クリスマスプレゼントで。貰ってくれよ。」

ぱっと顔を上げる。信じられなくて、土方を見つめた。

「……クッ、何だよその顔。笑えー。」

「いひゃ、怒って、ねェんでさ……?」

「ちょっと残念だったけどな。怒ってはねェよ。」

情けなく泣きそうになっていた沖田のすべすべとしたほっぺをつまみ土方はクスクス笑う。
嘘の誕生日にここまで用意してくれた土方に罪悪感を感じながらも、許してくれた事実に沖田は心底安堵した。と、同時にますます惚れてしまった。

「ごめんなせぇ……」

「仕事だからな。仕方がねぇよ。……しかし、そうか。まぁいいか。」

土方は頭を掻きながらぶつぶつと独り言をする。沖田はきょとんと見上げた。

「?」

「どっちにしろ、昨日だったし……うん。」

ほっぺをつまんでいた手を緩やかに顎へ移動して、くいと上を向かされ。

キスをされた。

「ん……っ!?」

「……ん。はぁ、絆された。好きだ。」

「ええ!?」

真剣な眼差しに虜にされる。何だって。

「このブーケ貰ってくれ。いつも俺を見て心の底から笑うお前が好きになった。……お前は?」

「……あ……」

大きな両手に頬を包まれる。真っ赤な顔が隠せない。ぱくぱくと情けなく口が開いたり閉じたりする。夢か、これは。本物の、夢だ。

「き、決まってまさぁぁ……!」

「……く、泣くなよ。」

「泣いてやせんんん」

思わず浮いた涙で視界が歪む。精一杯。涙で滲んだ声を張り上げた。

「好きです!最初っから言ってまさー……!」

「そうだったな。わりわり」

おかしそうに笑いながら土方が後ろ頭を自分の方に寄せぽんぽんと撫でてくれた。嬉しくてたまらず嗚咽を漏らす。

「う、うう……」

「待たせて悪かったな……。」

「そ、総悟でさ」

「……名前?」

「総悟ってんでぇ。……苗字しか知らないだろぃ……」

「……総悟。」

ブーケで顔を隠すと乱暴に退かせられる。ぐっとしっかり唇を重ねるキスをされた。

「ん……んん…」

ちゅくりと聞こえる唇の音が気恥ずかしくカァと赤面する。ホストが聞いて呆れる……。

もう嘘は吐くもんかと誓う。土方に嘘の誕生日を祝わせてしまったから。もう二度と。



もちろん、仕事以外では、ねぃ。




***
是南様リクエスト、ホスト×花屋でした!
遅くなり大変申し訳ありませんでした。
花屋×ホストか酷く悩んだのですが……ホスト沖田がどうしても書きたかったので…!本当は臭い台詞を土方に吐きまくる沖田妄想していたのですが、何だか可愛い系になってしまいました。これでも野獣系なんですよこの沖田……笑
ではでは、リクエストありがとうございました!


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