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その嵐の先に



「船舵いっぱーいッ!」

ガイコツの描かれた海賊旗を掲げて、船の男たちは大きな声で歓声を上げる。潮風に流されたその強い海の男の声に、海賊の船長は深緑のマントを翻して笑顔を浮かべた。

「おい、船長。さっきの港から海軍が追ってきてるぞ」
「ああ、知ってる」
「どうする?船、沈めてやるかい船長」
「そーだな…」

心配げに問うオールバックの厳つい男と、爽やかな笑顔を浮かべ何とも物騒な発言をする金髪の男は、海を見渡す船長の細い背中を見遣った。船長は二人の視線を背中に浴びて、そうだなと思考を巡らせる。

「迎え撃つか!」

オールバックの男には悪いが、今日は金髪の男の思考に賛成した。しかし、船を沈めてやるという考えが一緒だというわけではない。自分を追ってきた海軍の人間に何となく興味を持っていたのだ。

「流石、虎徹だ!最高そして最高っ!」

久々の戦闘だと喜ぶ金髪の男は、船長の名前を呼んで健康的な手の甲へとキスを落とした。それを見たオールバックの男は肩を竦めて、金髪の男の襟元を掴むと虎徹から引き剥がした。

「おい、キース。船長の名前を呼び捨てにするんじゃない!」

プリプリと怒りだした心配症の男に虎徹は相変わらずだなと肩を叩いて宥める。そんな船長の姿に男は大きな溜息を吐き出して、首根っこを掴んだままのキースを離してやった。

「ったく…んなことは気にすんなよ、アントニオ。それより久々の戦闘だからって暴れすぎるなよキース」
「そんなことじゃないだろう全く…。部下に示しが付かんだろう」
「はは!君に早く私の活躍を見せてやりたいよ」

左右で正反対な言葉を紡ぐ二人の姿にわかったわかったと軽く頷いて、現れた海軍の船に虎徹は息を吸い込み声を張り上げた。

「野郎共!今日は久々に暴れるぞ!」

おおーッ!と野太い男たちの声が船上に響き、虎徹は金色の瞳を細めて不敵に笑うと、海軍の船を見詰めた。



太陽の光を浴びてきらきらと輝く金の髪は、怒号の中には似つかわしくないほどの美しさに輝いていた。
清潔感の溢れた真っ白の軍服を靡かせる青年は近付いた海賊船へと飛び移ると、難無く船上へと降り立った。

「全く、雑魚とは相手するつもりはないですよ」

襲いかかる海賊たちを細身の剣で薙払うと、黒い影が頭上を覆い青年は反射的に剣で弾いた。

「雑魚が嫌なら私がお相手しよう」
「いいえ。僕はあなたに興味はありません。興味あるのはこの海賊船の船長の首です」
「おもしろいことを言うね」

キースは青年の言葉に笑みを向けることなくそう言い放つと、銀色に輝くサーベルを振りかざした。青年は難なくそのサーベルを受け、剣で何度も弾き返した。

「ふん、海賊とはそんなものですか?」

剣舞を踊るような青年の攻撃に、キースはいつの間にか追いつめられ、そして最後の一撃で手に持っていたサーベルは手から離れ、床へと突き刺さった。

「くっ…私の負け…だと…っ!」
「さあ、そこを退いて貰いましょうか?」

青年は膝を付いたキースに剣を突き立てて淡々と言った。キースは苦々しげに舌打ちをして、嫌だと口を開いた。
しかしそれはこの船の主によって掻き消された。

「何遊んでるんだよ、キース」
「船長…!?」
「久々に俺も戦っちゃおうかなー…なんてな」

ニヒルな笑みを浮かべて虎徹の前に立ったのはこの船の主である虎徹だった。キースは自分の目の前に立った虎徹に目を見開いき、唇を噛みしめる。

「全く、そんな顔してないでお前は下がってろ」
「わかった、そして…すまない」

床に突き刺さったサーベルを引き抜いたキースは虎徹の言葉に従い、後退した。その代わりというように虎徹は鞘から和国の刀を抜き、青年へと突きつけた。

「あなたがこの海賊船の船長で、すか…?」
「そうだ。俺がこの船の船長、鏑木虎徹」

青年は噂とは違う細身の男の姿に一瞬だけ目を見開いた。
噂では残虐な大男だと聞いた。しかし目の前に立つ鏑木虎徹という男は残虐とはほど遠い、人懐っこそうな笑みを浮かべている。身長も平均的だ。

「はは、残虐な大男だとでも思ったのか?」

青年の考えていることがわかったのか虎徹は笑みを浮かべてそう言った。青年は虎徹の言葉に舌打ちをして、細身の剣を虎徹へと向けた。

「どんな人間であっても海賊には変わりない!この、バーナビー・ブルックスが貴様の首を取るまでだ」
「ひゅー…、威勢がいいことで」

虎徹は至極楽しそうに唇を歪めて、距離を詰めて剣を降るバーナビーを刀で受け止めた。
重みのある攻撃に虎徹は少し眉を顰めたがそれも一瞬のことで、いつものふてぶてしい余裕を顔に張り付け、バーナビーの剣技をまるで遊びのように受け止め払う。
徐々に息を上げていくのは青年のバーナビーの方であった。
何度斬りつけようと降り上げた剣は意図も簡単に止められ、バーナビーに焦りが走る。
以前戦ってきた海賊たちとは比べものにならない虎徹の強さに、バーナビーは次第に苛立ちを募らせていった。

「若いなぁ…攻撃が真っ直ぐだぜ?」
「黙れ!」

虎徹の茶化す言葉に暴言を吐く。
不意に虎徹の身体が揺らいで、バーナビーは剣を突きだした。
しかし、それは虎徹の身体が揺らいだわけではなく、船自体が大きな波によって大きく揺れたのだ。

「うおっ!」
「!!」

飛び込んだ拍子でバーナビーは虎徹と衝突する。そのまま海賊の上に倒れ込む形となった。

「セイレーンの嵐だッ!!!」

海賊か、海軍か。誰かはわからないが嵐だと叫ぶ声が耳に届く。
しかしバーナビーは目の前に広がる金の瞳と、細い体躯に驚愕していた。
柔らかな肢体。男だと思っていた虎徹の身体はまるで女のように柔らかい。否、女そのものだ。
手のひらがふにゃりとまあるい胸に触れていて、バーナビーの顔は可哀想なほど朱色に染まった。

「あ、あああ、あなた!!!お、おん…」
な。
そう言い終わる前に虎徹の細い指先がバーナビーの口を塞いだ。

「でかい声出すな。俺が女だってバレるだろ?ったく、厄介な相手にバレちまったなぁ…」

周囲が嵐の訪れに走り回っている。どうやら周囲には気付かれていないようだと虎徹は溜息を吐くと、依然真っ赤なままのバーナビーに目を向けた。

「胸くらいで初な奴だな…」
「あ、あなたには、関係ないでしょうっ」
「ってことはもしかして、キスも初めてなのか?」
「……は?」

虎徹はバーナビーの間抜けな声を無視して、バーナビーの首に手を回しそのまま引き寄せた。
鼻先が当たるほど、お互いの吐息が当たるほどの距離。
バーナビーは反射的に目を瞑った。虎徹はそんなバーナビーの姿に笑むと、桃色に染まった頬へと唇を落とした。
柔らかな唇の感触にバーナビーは思わずびくりと震える。まるで先ほどキースや自分とと戦り合ってたときとは偉い違いだ。
虎徹はとうとう耐えきれず、声を上げて笑った。

「はは!お前堅くなりすぎっ!」
「っ!!!」

虎徹の笑い声にバーナビーは頬に手を当てたままバッと離れた。まるで、どうしていいのかわからない幼子のような顔をしている。

「海賊とちゅーしたってのがバラされたくなかったら、俺のことは秘密にしろよ、バニーちゃん」

バーナビーが離れたことによって立ち上がることが出来るようになった虎徹は、傍らに転がった刀を拾い上げ終うと、バニーの蜂蜜色の髪の毛をくしゃくしゃと梳いた。

「さーて、もうじき嵐が来る。その前に自分の船に戻れよ」

そのまま背を向け海賊たちの中に消えていった虎徹を、バーナビーは放心したまま暫く見つめ、そして悪態を漏らした。

「…くそ、なんなんだ…くそっ」

カッカッと熱くなる自分の頬をバーナビーは叩いて、気持ちを切り替える。
そして、今にも襲い掛かりそうな暗雲の空を見上げて瞳を細めた。








ぼぶさまリクエストです!
リクエストありがとうございました^^





あきゅろす。
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