痛み分け
9
「お前、ウロボロスを探っているのか…?」
自分の肘を枕にしてこちらを見遣る虎徹の姿に、バーナビーは呆れた表情を見せながらも返事を返した。
その返答に虎徹は小さく溜息を吐いて、やめておけと首を横に振った。
「…初対面の相手にそんなこと言われても、はいそうですかと従えるわけないでしょう」
あなた、馬鹿ですか。
バーナビーは虎徹を睨みつけて、無神経な男の発言に怒りを露わにした。
虎徹は確かにそうだなと心の内でそう思ったが、首を左右に振ってその考えを打ち消した。
「…確かに、お前にとって俺はただのネクストで、ウロボロスを知ってる手掛かりの一つなんだろうが、俺にとってはお前は恩人の大事な息子だ。そんな奴にウロボロスを探せなんて言える筈ないだろうが」
「僕がどう行動しようと僕の勝手でしょう。あなたに言われる筋合いはない。それに、そうやって両親への恩を僕に返そうなんて、迷惑ですよ」
血の繋がった家族だ。バーナビーの幸せの全てだったのだ。
それを奪われて、奪った存在を知っているというのに、どうして何もせずに居ろと言うのだろうか。
そんなことは自分には出来ない。出来る筈がないのだ。
「あなただって僕の両親が殺されたことくらい新聞の記事を見て知っているでしょう?…両親を、家族を奪われて、それがウロボロスだってわかっていて。それで何もしないなんて選択肢、残っている筈ないでしょう」
「…だけどな、お前はウロボロスがどういった奴らか知らない、あいつらは…」
「知っていますよ!この20年間、僕はずっとウロボロスに復讐するために生きてきたんですから!」
大声を上げたバーナビーは虎徹の言葉を遮って、そして咄嗟に自分の左胸を押さえた。
無意識に胸に押し当てた手に、癖に気付いてバーナビーは小さく舌打つ。
「…そうか」
虎徹は小さく頷いて、金色の瞳を閉じた。
その表情に哀しみの感情が含まれていることに気付き、バーナビーは苛立ちを覚えた。
「あなたがもしウロボロスに関わっているなら、僕のことを言い触らしてもらっても構いません。寧ろその方が僕にとっても好都合ですから」
「はは…、言うも何も。俺はそんな危ない奴らとは関わらないさ。それに、こんな身体だしな…」
腹を押さえて弱々しい笑みを浮かべる虎徹の姿に、バーナビーは眼鏡のフレームを指の腹で押し上げて、そうですかと呟いた。
「帰ります」
バーナビーは素っ気なくそう言うと、名残りも見せずに虎徹へと背中を向けた。
そして扉を開くと振り返ることなくその部屋を後にした。
虎徹はバーナビーのその大きな、でもどこか寂しげな背中を見詰めて、大きくなったなと心の中で呟いた。
記憶の中でチラつく金の髪に虎徹は懐かしげに瞳を細める。
扉の閉まる音が聞こえて、虎徹はゆっくりと仰向けに寝転がった。
さてどうしたものかと思考を巡らせて、口元に苦笑を浮かべる。
「どうして、忘れていたんだろうな…」
柔らかく笑う金の髪の少年の姿と、後ろで佇む優しい夫妻の姿。
彼らに救われたというのに。
「…当たり前だよな。自分だけが生き残って、両親を殺した相手の手掛かりを掴んだら、真っ先に仇を討とうって思うのは」
生きる道を失くして死んだように生きるより、きっと良い。
復讐心は生きる糧になる。
けれども。
「何も知らずに生きて欲しかったって。今更、願ったってもう遅いよな…」
それなら。
自分に残された選択肢も、きっと一つしか残されて居ないのだろう。
虎徹は笑った。決意した笑みだった。
「ブルックスさん。あんたらの子を…バーナビーを。俺は何としてでも生かしてみせるよ」
それが、残された俺に出来る唯一の罪滅ぼしだというのならば。
紡ぎだされた言葉は、静かな部屋に響き渡り、そして消えた。
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