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痛み分け
8



(温かい…)

優しく髪を撫でる手が心地良い。
バーナビーは母さん、と一度心の中で呟いて違うと思った。
母は忙しい人で、こんな風に頭を撫でてくれはしなかった。
それならネイサンか、とバーナビーはまどろみの中、彼女の姿を思い浮かべた。否、彼女とも違う。
彼女は優しい人だったけれど、もっと激しいスキンシップだったし、自分は今ネイサンの元を離れて単独行動をしているではないか。

では、一体誰が?

意識は徐々に浮上し、バーナビーは重い瞼を開いた。
ぱちぱちと何度か瞬いて、ぼんやりとする視界の中に男の姿を捉えた。

「よ、大丈夫か?」

傷塗れの右腕がゆっくりとバーナビーの頭から離れて、彼は自分の状況を思い出して咄嗟に身体を動かした。
痛みのない身体は思った以上に素早く動いて、男の首元を狙って手を伸ばした。
男は驚く様子はなく、自分の首を掴んでベットへと引き摺り込んだバーナビーの表情を見詰めていた。
その表情は痛みに少し頬を引き攣らせてはいたが、男はただじっと彼の言葉を待っていた。

「ウロボロスの人間か!?どうして僕の名前を知っているっ!」

首に籠る力に男がはっ、と短く息を吐いた。
バーナビーは力を緩めず、ただ男を上から睨み付けていた。

「…俺は、ウロボロスじゃない。ネクストだが、役立たずの怪我人だ。…お前に危害は加えないから、なぁ、離してくれないか?」

腹に穴が開いてるんだと告げる男に、バーナビーは彼の下腹部へと視線を落とした。
男は薄いシャツを捲り上げて、血で真っ赤に染まった包帯を指差した。

「これじゃあ、暴れられないさ」
「もう一人、あの銀髪の男が居るでしょう」
「あいつなら仕事で今は居ない、暫くは戻らないさ」

さっきの後始末が残ってるからな、と言葉を付けたして男はへらりとバーナビーに笑いかける。
バーナビーは緊張感のない男のそんな姿に溜息を吐き出して、そして男の首から腕を離して退いた。
男はイテテと腹を押さえながら起き上がり、ベットの上で胡坐を掻いた。
バーナビーはそんな男の動作から目を離さずに、もう一度先程の質問を繰り返した。
淡々とした口調の彼に、男は肩を竦める。

「…お前のご両親に以前世話になってて、お前の顔を知ってた。それだけさ」

まさかこんな所で会うなんてなぁ、と男は呑気に呟いて、お前も座れよと片手でベットの上を叩いた。

「結構です」

バーナビーはそう断ると、もう一度ウロボロスではないのか、と尋ねた。

「なんならタトゥーでも探してみるか?」

男はそう言って笑い、シャツのボタンを手を伸ばして服を脱ごうとした。

「…いえ、いいです。あなたは嘘は吐いてないようですし」

バーナビーは右手を上げて彼の動きを制した。
そしてゆっくりと腕を組んで、緊張を緩めた。

「あなたは、どうしてあのホテルに?あの銀髪の男は何者です?」
「あー…。仕事してたら勘違いされて監禁されちゃって。あいつはそんな俺を助けてくれた、仲間だよ」

じっと男の表情を見詰めてバーナビーは小さな溜息を吐き出した。
多分彼は嘘は吐いていない。嘘を吐く必要がないからか緊張の面持ちはない。
しかし。男はバーナビーは質問を上手くはぐらかしているように感じた。
それは当たり前の話だろう。
相手はバーナビーの顔を知っていると言っても、昔の話だろう。お互い何も知らない、初対面と何ら変わりない。

「あなたの、名前は…?」

結局、バーナビーは最初に知るべき質問を口にした。
男は目を見開いて、やっときた質問に唇に笑みを浮かべた。

「俺は虎徹。鏑木・T・虎徹」
「コテツ…?本名ですか?」
「あー…俺、日本人なの。ジャパニーズ」

知ってる?と聞かれて、バーナビーはまぁ聞いたことくらいは、と適当に頷いた。
知っているが興味はないといったバーナビーの表情に虎徹はそんなもんだよなと笑った。

「俺も、物心ついたときには既にこっちに居たしな」

だからよく覚えてないんだ、と虎徹は呟いて、緩やかな動作でベットへと転がった。







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