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痛み分け
4



「まさか…あなたが、能力者…?」
「そうよ。あなたのご両親に昔、助けられてね、恩があるの。だから、わたし宛にあなたのご両親から手紙が来て、急いでここへ来たのよ」

手紙には息子を頼むとしか書いてなかったから、ネイサンは急いで両親の元へと向かった。
しかし着いたときには既に手遅れで、屋敷は炎に包まれ、両親は息絶えていたという。

息子を頼むと書かれた手紙通り、ネイサンは幼い子供を見付けた。
血塗れで横たわる子供を見たときは息が止まるかと思ったが、その身体のどこにも外傷はなく、ネイサンは子供を抱えて燃え盛る屋敷から脱出したのだ。

「私はね、最初あなたがネクストじゃないかと思ったのよ」
「僕が…?」

ネイサンが頷くと、スッと僕の左胸へと指差した。
僕はその意味が判り、自分の左胸へと手を伸ばし服を握り締める。

「服にポッカリと穴が開いていたわ」
「ええ。僕は手の甲にウロボロスの紋章を付けた男に銃で撃たれましたから。…でも、どうして今更なんですか?僕はあのとき、言ったじゃないですか」
「あなたがネクストだという確信がなかったからよ」
「……」
「もし、ネクストなら、あなたはその怪我を自分の能力で治したことになるわ。でも…」

「違う…」

胸の傷だけだ、と僕は首を振って言った。
僕はウロボロスを知るために傷塗れになったことがあった。
けれども僕の怪我は一瞬で治ることはなく。
生物が持つ細胞の再生能力。いわば治癒能力で、受けた傷を緩やかに治しただけだった。

「もし、あなたがウロボロスを知ることなく、普通の人生を送っていたのなら、ネクストのことを教える必要はないでしょう?まぁ、ネクストだったら話はまた別になるけれど」

ネイサンは肩を竦めて、それでも、と続けた。

「それでもあなたは非ネクストでありながら、ウロボロスの存在を知ったわ」

ウロボロスについて纏められた書類の表紙を撫でながら、ネイサンは悲しそうな表情を見せた。
しかし、それはほんの一瞬の出来事で。
ネイサンはいつもの、いやいつも以上の真剣な眼差しを僕へと向けて、はっきりと言葉を紡ぎ出した。

「今ならまだ忘れることも出来るし、普通の生活も送ることが出来るわ」
「僕はそれを望んでいません」
「あなただったら学校でも、社会へ出ても人気者になれるし、きっと凄い人間になれる」
「両親を殺した奴らを放っておけと?」
「ご両親だってきっと!「ネイサン」

彼女の声に自分の声を被せて、僕はネイサンの名前を呼んだ。
彼女は唇を噛み締めて、まるで死刑宣告を受ける囚人のような面持ちで僕の言葉を待った。

「僕は決めたんです」
(必ずウロボロスに、両親を殺した者に、復讐を)

拒否も拒絶も許さない強い口調で僕はネイサンにそう告げた。
ネイサンは大きな身体を小さく丸めて、そう、と弱々しく呟いた。

「あなたが決めたのなら、私も決めるわ。…五年よ」
「……五年?」
「わたしの仕事を手伝いなさい」
「…ネイサンの仕事って、服飾の…?」
「それは表向きよ、実はわたし、裏で情報屋をやっているの」

ネイサンの言葉に僕は驚いた。
彼女がネクストだったこともそうだが、情報屋の仕事をしていたことも全く知らなかった。

「あなたは何でもそつなくこなすけれど、若いからまだ周囲をよく見渡せていないところがあるわ」
「…それは、否定しません」
「だから、情報屋の仕事を手伝って、身に付けてほしいのよ」

僕はネイサンの言葉に尤もだと頷いた。
確かに情報屋の仕事を手伝えば視野は広くなり、様々な知識は得られるだろう。
それに、ウロボロスの情報をもっと得られるかもしれない。
しかし。

「どうして五年なんですか?」

僕が質問すると、ネイサンは返って来た言葉に苦笑を漏らした。

「大学をきちんと卒業して22歳でしょう?あとの一年は自分を振り返る為の一年。本当にウロボロスを追うか、追わないかを決める」
「振り返る時間なんて僕には要りませんよ」
「必要無くてもよ。あなたには後悔なんて、してほしくないもの」

そう彼女は微笑んで、僕の肩を叩いた。
僕は彼女の言葉の重みを胸に感じてわかりました、と答えた。




そうして僕は五年の月日と共に、変わることのない復讐を胸に彼女との別離を選ぶこととなる。







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あきゅろす。
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