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痛み分け
32



嫌な予感がする。

ユーリは先程まで虎徹と会話していた携帯の履歴を見詰めてそう思った。
自分の予感。特に嫌なものはよく当たる。
それは能力を得て、虎徹と出会ってからより一層感じられるようになり、それは大切なものを守りたいという自分の中の本能が危険を察知しているのだろうとユーリは考えるようになった。
この、第六感とも呼べる自分の予感は必ず当たり、その度にユーリは真っ先に虎徹の下へと駆け付けた。
ユーリは虎徹とバーナビーが一緒に居ないことを電話で知り、危険を引き寄せる存在が彼の側に居ないこと安堵の息を漏らす。
しかしまだ気を抜くことは出来ない。
自分たちにはとても敵が多い。
政府に警察、そしてウロボロス。
利用し利用され、見て見ぬフリをしてきたお互いだが、もし自分たちを捕えるために、処分するために動いたのなら、自分よりもまず先に虎徹を狙うだろう。
彼の能力は危険度の低い、しかしネクストとしては稀な能力の持ち主なのだ。
もしかしたら処分こそされないかもしれない。
でも、自分たちは知っている。
あいつらが如何に残虐で残忍で、虎徹を、自分を絶望の淵へ追い遣ったことを。

「私が向かうまで何も起こらなければ良いのですが…」

ユーリは携帯を懐へとおさめ、一度思案するように顎に手を当てると、車を発進させた。



目的地は虎徹の親友のネクスト、アントニオという男が経営するお店だ。
車を走らせて十分程で目的地の近くに辿り着き、ユーリは人混みの少ない場所に適当に駐車して車から降りた。
そうして人を避けるように歩いて、パン屋と雑貨屋の建物を視界の端に捉え足を速めた。

ユーリは周囲を窺いながら二つの建物の壁に手を伸ばす。
虎徹は先に店に着いているだろうから、ユーリがこちらに向かっていることは店のネクストたちに知れているだろう。
だから壁の先が通れないことはないのだが、以前、虎徹が悪戯で通れなくしてしまったことがあってそれ以来ユーリはこの壁が苦手になった。
確かあの時は虎徹に呼ばれて急いでいて、彼が居るからと壁を確認せずに思い切りぶつかったのだ。
慌てて現れた虎徹と、半泣きで駆け寄ってきたネクストの少年、イワンが大丈夫かと心配して表情を覗き込んで、まさか自分がそんな失態を犯してしまったとは、恥ずかしくて顔を上げられなくなった。
それ以来、どうしてもこの壁は苦手というかトラウマなのだ。
そんな虎徹の悪戯に付き合ったイワンと、自分の主の顔を思い浮かべて溜息を吐き出し、ユーリは周囲に見られることなく壁の先へと素早く進んだ。

細い通路を真っ直ぐ進むと、以前訪れたときと変わらないアンティークな建物がユーリの目の前に広がった。
本来なら虎徹がアントニオと共に経営するはずだった店だ。
ユーリは店の外装を見詰めて、虎徹と出会った日の事を思い出して目を細める。
バーナビーの両親の事件、そして死にかけた自分との出会い。
それらがなければ彼はここで密やかに、ネクストを隠して幸せに暮らせただろうに。
ユーリはこの店に来るといつも複雑な気持ちになった。
偶然に起こってしまっただけだと虎徹は笑って言ったけれど。
それでも彼の幸福を奪ってしまったのは少なからず自分のせいでもあるとユーリは思っていた。
ユーリは暫く建物を見詰めて、そしてスッと息を吸い込んだ。
気を引き締めて年季の入った扉に手を伸ばす。
しかしユーリはドアノブを回して開けて店内に入ることなく、扉に映った黒い影を視界に捉えて瞬時に振り返った。





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