痛み分け 27 「あんた、動揺し過ぎ。いつもカップ三つも出すくせに今回に限って…」 文句を吐き出すカリーナの姿を見詰めて虎徹はただただ苦笑いを浮かべた。 いつもなら何かと反論してくる虎徹が珍しく黙っていることに不審に思ったカリーナは、しばし考えて彼の態度の意味を理解すると、まさかと声を上げた。 「はは。そのまさかだ。…バニー、行ったぞ」 カウンターの中へと声を掛ける虎徹をカリーナは大きな瞳で睨み付けた。 立ち上がった青年。おそらく彼があのキースという警察官が言っていたバーナビー・ブルックスという人物だろう。 カリーナはどういうことよと虎徹に詰め寄った。 今にも飛び掛かってきそうなカリーナの姿に虎徹は両手を上げて降参のポーズを表し、バーナビーの愛称を呼び彼がこちらへ来るのを待った。 「あー…、ちゃんと説明すりゃあ、話が長くなるから簡潔に言うな?こいつがさっきキースって奴が言ってたバーナビー・ブルックス。俺は昔、こいつのご両親に世話になってたんだ。で、まぁ…偶然が重なってさ、今日はこいつと色々と話をしていたわけなんだ」 「…ふぅん」 どうでもよさそうな返答に虎徹はおいおいと呟いて肩を竦めた。 そんな虎徹を余所にカリーナは腕を組んでバーナビーを上から下まで見る。 その眼差しには疑いと不審が色濃く現れていた。 「バーナビーさん。どうして警察があなたを捜してるの?」 「彼が両親のことを言っていたので、きっとあの事件のことでしょう。しかし、今更どうして…」 「事件?」 事件という単語が気になったのか、カリーナはピクリと眉を動かした。 「ああ。こいつの両親は二十年前、何者かに殺されてな。俺もこいつの両親に世話になってたし気になってたんだ」 「でも何で今更なんでしょう?二十年も昔の事件を、しかも警察が調べに来るなんて」 虎徹とバーナビーはお互いの顔を見合わせて難しい表情を浮かべる。 思考の海に沈み始めている二人にカリーナはコホンと咳払いをして、まだ話は終わってないと口を開きかけた。 しかしそれは虎徹の声に遮られ、カリーナは不機嫌な表情を隠すこともせずに虎徹を見遣った。 「カリーナ。俺らはまだ話があるからさ。奥の部屋行っててくれるか」 「はぁっ!?」 カリーナは信じられないと大きな声を上げた。 虎徹はそんなカリーナの背中を押しやって扉の前まで強引に向かわせる。 「ちょっとっ!久々に顔を出したと思ったら、話があるから奥の部屋に行ってろですって?私たちがどれだけ心配したのか、あんた知ってる?連絡も一つ寄越さないで、フラッと帰ってきて…ッ!」 カリーナは虎徹に向き合って、彼の胸に拳を叩き付けた。 その手はいつもの強気な彼女のものとは打って変わって、とても弱いものだった。 しかし虎徹には彼女に返す優しさを持ち合わせてはいなかった。 「すまん、迷惑だったよな」 その言葉がカリーナを傷付けると知ってなお、虎徹はその言葉を紡いだ。 カリーナの瞳は大きく見開かれてそうしてくしゃりと表情が歪められる。 「あんた本当に何もわかってないのね!」 馬鹿! 耳元で大声で叫ばれて虎徹は心の中で謝った。 本当は別に言うべき言葉がある。それを知っている。 しかし、その言葉を使うことは自分には赦されていないと思うのだ。 カリーナが奥の部屋へと去っていく後ろ姿を見詰めながら。 そんな心情を悟られないように、あいつ…、とワザとらしく呟いて痛む耳に手を当てた。 「…普通そこは心配かけて悪かった、とか言うものでしょう」 「良いんだよ、別に…」 「どうしてです?」 「大人の事情だよ、おとなの」 虎徹の言葉に納得がいかないのか首を傾げる。 そんなバーナビーの姿に苦笑を漏らして、話題を変えるために先程受け取った名刺をバーナビーに差し出した。 [*前へ][次へ#] |