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痛み分け
24



虎徹はイワンの姿が見えなくなったことを確認して、バーナビーへと向き直り笑った。

「…さて、バニーちゃん。おじさんに話って何かな?」

虎徹の表情は先程から至って平然を装っていた。
だが、そこから緊張が滲み出ていることにバーナビーは気付いていた。

「単刀直入に言います。おじさん、…あなたは二十年前に僕と会ってますよね?」
「……」
「正確な時間、場所は全く覚えていませんし、正直あなたとホテルで出会ったあのときも全く思い出せませんでした」
「…なら、それは勘違いじゃねぇのか」

虎徹はそう素っ気なく言葉を返すと、口内を潤すため珈琲に口を付けた。
酸味と苦み、その中にほんのりと甘みが加えてあるイワンの作った珈琲。その味に虎徹はほっと安堵の息を零した。

「…最初は小さな違和感でした。僕が気を失ったとき、怪我をしたとき。そして、彼…イワン君が不満そうな表情をしたとき」
「…はぁ…?」

バーナビーの言葉の意味が理解出来ず、虎徹は首を傾げて彼の姿を見詰めた。
どうやら彼のあの動作は、自分の左胸を押さえるものと同じで、無意識の癖のようなものだ。

「あなたは人の頭を撫でる癖があるんですよ。多分、自分より歳の若かい人間だとか、子供だったりとか」

そうしてバーナビーの頭を撫でたときも、イワンの頭を撫でたときも。
困ったような悲しそうな、そんな複雑そうな表情で瞳を細めて笑うから、それが夢に現れたのだろう。バーナビーはそう思った。

「…夢を、見たんです」
「……」
「あれはまだ両親が生きていた頃だから、僕が三歳か四歳、それくらいだったと思います。意思に躓いて転んで泣いていたときに、彼は現れたんです」

金の瞳が印象的だったその青年は、膝を擦りむいたバーナビーを腕で抱き上げ立たせてくれて。
彼は幼いバーナビーの前でしゃがみ込んで、少し困った顔で両膝の怪我を見詰めていた。
そうして青年は怪我が出来た場所に手の平を翳して、魔法の呪文を唱えたのだ。

「痛かった膝は痛みを失くし怪我していた場所は転ぶ前の、元の状態に戻っていました。僕は彼が魔法で治してくれたんだと喜んで、人見知りなのに大声でありがとうって彼に言ったんですよ」
「……」

虎徹の眼差しに懐かしむ色が見られて、バーナビーは漸く彼と出会った日のことを鮮明に思い出した。
そうだ。あれはとても良い天気の日で、僕は父さんと母さんのために花を摘んでこようと庭に出たんだ。
それで、石に躓いて転んで。
彼が…あなたが僕の前に現れたのか。

「…彼は、おじさん。あなたですね。僕は今、きちんと思い出しました」

バーナビーの言葉に虎徹は何も言わなかった。
それが肯定だとバーナビーは解釈して、彼は更に言葉を続けた。

「あなたの能力は、傷を治すもの。
そして…あの日。両親がウロボロスに殺された夜。あなたはあの場所に居て、僕の左胸の怪我を…治したんだ」

カツン。
カップが大きな音を立ててテーブルに置かれる。
虎徹は震えた指先を引っ込めてテーブルの下へと隠し、そしてバーナビーを見詰めた。

「…俺じゃないさ」

ポツリと吐き出された声は絶望に満ちていて、酷く掠れていた。
彼の金色の瞳は真っ直ぐにバーナビーを射抜いていたが、彼の瞳は動揺を隠すことは出来なかった。
嘘を吐いている。
バーナビーは簡単に彼の心の揺らぎを見抜いた。

「嘘は吐かないで下さい。僕はただ真実が知りたい。あなたがどうしてあの場所に居たのか。あなたが僕の怪我を治して、どうしてそのまま姿を消したのか」

虎徹は視線をテーブルの上へと落とした。
カップに注がれた濃密な闇色の液体に、ぼんやりと映る自分の姿を見詰めた。
その表情はとても疲れてやつれているように見えて、虎徹はそんな自分の姿に肩を竦めて笑った。





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