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痛み分け
2



幼き日の記憶



曖昧な記憶の中で覚えているのは身を焦がすような熱さと痛みだった。
炎の海の中で両親は息絶え、折り重なるように倒れている。
幼い僕は両親を殺した男をただ呪うように見詰めていて。
そんな僕の姿を男は唇をつり上げて笑い、銃を向けた。

僕は、殺されたと思った。
左胸に一発。
その銃弾は確実に僕の命を奪ったのだ。

それなのに僕は目を覚ました。

胸に傷痕はなく、目の前に居た女性のような口調の、物腰の柔らかい男だけが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
彼が僕を助けてくれたと、医者は言ったが、僕はそんなことどうでもいいと思った。

ただ、不思議だった。
なぜ自分が生きているのか不思議で堪らなかった。
僕の胸の傷はどこにいったのか、そう聞けば、彼は目を丸くして首を左右に振るだけだった。
看護師も医者も、僕は一酸化炭素中毒のせいで倒れていたのだと答えた。

お父さんもお母さんも死んだのに、どうして僕だけが生きているのだろう。

僕は、僕が生きているのが気持ち悪くて仕方がなくて。
まるで魂を別の入れ物にでも移し替えられたような、そんな違和感を覚えた。

そして、僕には両親の死と。
一人残されてしまったという事実も重く圧し掛かった。
家は全焼し、孤児となった僕は、両親の葬儀でひそひそと話す親戚の声を幾つも聞いた。

金や事業の話、両親の殺される理由、一人残された僕の施設の噂。
けれど、僕はそんなことどうでもいいと思った。
ただ空っぽだった。

「…全く、子供の前で不躾ね」

葬儀の場に相応しくない井出たちで、彼は現れた。
背の高い彼は僕の前で屈んで、ピンク色のファーが付いた上着を脱いだ。
そして、僕の小さな身体で上着で包んで優しくウィンクした。
親戚の誰かが、マナーがないと彼に怒鳴っていたが、彼は気にする様子もなく立ち上がった。

「ねぇ、あなたさえ良ければ、わたしのところに来ないかしら?」
「…どうして?」

親戚の人間のところも、施設の話もどうでもいいと思ったのに、彼の話はどうしてかとても魅力的に感じて。
だから僕は純粋に彼の話に耳を傾け、どうしてと言葉を紡いだ。

「あなたのご両親に、あなたのことを頼まれたの」

彼は顎に手を当て、僕の質問に答えた。
その言葉に僕は長身の彼を見上げた。
首が少し痛い、でもそれ以上に心が凄く、痛い。

「お父さんとお母さんの、」

僕が言葉を吐き出すと、吐息が白くなった。
まるで身体に血が巡るように、まるで心臓が動きだすように。
父と母の呼び名が僕のバラバラだった魂と身体を定着させていく。
僕の身体の、あの日から止まっていた五感が働き出して。
今が冬で、僕はとても凍えているのだと知った。

「…寒い」

僕は無意識にファーを握り締めて鼻を啜った。
彼はそんな薄着だと風邪を引いちゃうわね、と苦笑して言った。

「…あなたは、お父さんとお母さんのお友達?」
「ええ。…昔からの、古い友人よ」

そうして彼の、過去を懐かしむ瞳を僕は疑わなかった。
僕は彼の服の裾を掴んで。彼は瞳を細めて僕を見て二コリと笑った。

「僕はあなたのところへ行きます。お父さんがお母さんがそう言ったのなら、」

親戚の、名前も知らない男が喚いているのが聞こえる。
お父さんの兄だとか弟だとかいう人だというのはわかった。
けれど、僕は彼の後を着いて行く。
両親の友人だと言う人の後を。


こうして冬を思い出したその日、僕は彼の元へと上がり込んだ。

彼の名前はネイサン。
僕の名前は、…バーナビ―。
馴染んだ身体に僕の名前。
僕が言うのもなんだと思うが、とても良く似合っている気がした。







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