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痛み分け
17




「もう大丈夫だ」

そうしてポンポンと優しく頭を撫でられてバーナビーは反射的に虎徹を見上げた。
不意に胸によく分からないもやもやとした感覚を感じて、思わず凄い形相で虎徹を見詰めてしまった。
そんなバーナビーの姿を見た虎徹は驚いて金色の瞳を見開いてパチパチと瞬かせる。

「…どうした?まだ痛むのか?」

心配そうに眉を寄せて覗き込む虎徹に、バーナビーは咄嗟に首を振った。
何でもないです、と答えると、彼は不安げな眼差しをバーナビーに向けて立ち上がった。

必要なくなった救急箱を虎徹は元の場所へと戻すため動き出す。
その姿を横目で盗み見る。

(一体…今のは…?)

そっと左胸へと手を当てて、首を傾ける。
一体自分は先程からどうしたのだろうかと考えて、バーナビーは息を吐き出した。

「おいおい、本当に大丈夫かよ?」

虎徹が救急箱を棚へと戻して帰ってくる。
バーナビーは思考の海に沈みかけた意識を浮上させて大丈夫ですよと返事をすると、話を変えようと言葉を続けた。

「…そう言えば、あなた方はどうしてあの場所にいたんですか?」
「ん?…ああ。知り合いから情報が流れてきてな、ネクストが輸送されるのを知って助けに行ったんだ」
「…危険を冒してまでですか?」

バーナビーの言葉に、虎徹は危険なんて大袈裟だなと笑った。
そんな彼の台詞に危険だろう、とバーナビーは呆れたが、言葉には出さなかった。

「ネクストってのは政府に疎とまれた存在だって知ってるだろ?」

数十年前に突如現れた特殊な能力を持つ者たち、ネクスト。
その存在に気付いた政府は、能力者を発見しては隔離し、危険であると判断されたネクストは監獄へと送られた。

「たとえ、能力を遣わずに日々を過ごしていても、その能力に危険性のあるネクストには人権がないに等しいんだ。政府はネクストに無実の罪を着せて裁く。そうやって裁かれたネクストは窮地に立たされ本当の犯罪者になるか、一生無実の罪を背負って監獄の中で一生を追えるかのどちらかなんだ」

だから俺は少しでも救える無実のネクストがいるのなら、戦うさ。

「…あなたも以前に無実の罪を…?」

バーナビーの問いに虎徹は緩やかに首を振った。

「俺の能力は危険度の低いものだったから危険扱いされることも、罪を着せられることもなかったさ」
(けれど…)

沢山のものを失った。
自分の無力さのせいで。
救えた筈だったのに。そう思えたのに。
虎徹は背中を丸めてソファーの上で縮こまった。
膝を抱えて過去を思い出す彼の目には後悔の念が溢れていて、バーナビーか彼も自分と同様に大切なものを失ったのだと理解した。

「俺はな昔…沢山の大切な人を亡くしたんだ。とても大切な人だった。その人の為に復讐なんか考えたこともあった」

遠い世界を見詰めて、虎徹は悲しそうに笑った。

「でも、俺は無力で、何も出来なかったのさ。能力さえ、正しく使えない…。俺は彼女を救えなかった…」

なぁ、バーナビー。
虎徹は静かに彼の名前を呼んで、彼の新緑のような緑色の瞳を見詰めた。
とても綺麗で美しいな瞳だと虎徹はそう思った。

「本当はな、胸が痛いくらいにお前の気持ちがわかるんだ。大切な人を殺した存在を知って、憤らないなんて俺だって出来ないさ。でも…でもな。だからこそ俺はお前に復讐なんかしてもらいたくないんだよ」

そうやって復讐に駆られて無力だと知った、空っぽの自分を。
虎徹は無意識のうちにバーナビーに、彼に自分のその姿に重ねた。

「それでも僕は、もう決めたんです」

バーナビーは虎徹の視線から目を逸らすことなく言った。
その言葉に迷いはない。
虎徹は彼の姿を眩しいものでもを見るかのように見て、そして。
瞳を細めてわかってるさと口元を緩めて笑った。

「だから俺も決めた」

虎徹の瞳にはもう後悔の色は消えていた。
今、此処にあるのはそう。煌々と輝く金の瞳と、覚悟を決めた男の顔だった。





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