シザーハンズと愛の行方
バーテンと鋏と事件
取り敢えずネイサンを自分の身体から引き剥がし、アントニオは真剣な表情になった。
「ここに来たのは、事件が近く起こったからだ」
「事件?」
「ああ。この近くの住民に注意して回ってるんだ」
「一体どんな事件なの?」
ネイサンが尋ねる。
アントニオは残虐な事件だと吐き捨てて、詳細を教えてくれた。
「この通りで、男性の切り刻まれた死体が見つかったんだ。ここらでは名の知れた富豪らしいんだが俺もそこまではよく知らん。で、昨日、事件があった夜に不審な男が目撃されててな。今はその男を捜索中ってわけだ」
「…で、その男の特徴は何なの?」
「それがなぁ。暗闇で良く見えなかったそうなんだが、手に鋏状の凶器を持ってたって話だ」
「!?」
アントニオの言葉に虎徹は声を上げそうになる。
透かさず虎徹の脇を腕で殴り付けると、ネイサンは恐いわぁ、とワザとらしくアントニオに抱きついた。
「も、もし、何か情報があったら連絡をくれ。いつでも駆けつけるから」
「いつもありがとねぇ」
語尾にハートマークを付けて言うネイサンに、アントニオは心の内で勘弁してくれと言った。
「こ、虎徹も、」
アントニオはネイサンからのキスの襲撃を交わして、虎徹の名前を呼んだ。
「お前はすぐに首を突っ込んだり、無茶したり、お節介を焼くからな。頼むから、絶対に巻き込まれるなよ?」
心配そうに顔を覗き込んでくるアントニオの目を、逸らさないよう見詰めて、虎徹は頷いた。
「…わかってるさ。お前こそ、あんま無茶すんなよ」
「ああ。わかってる。…じゃあ、ネイサン、虎徹を任せたからな」
「はいはい、わかってるわよ。可愛い親友だものね」
アントニオの耳元でネイサンは囁いて、ゆっくりと離れた。
「じゃあ。虎徹、ネイサンまたな」
「ええ。あなたも気を付けて」
「おう、またな」
にこりと笑って虎徹はアントニオに向かって手を振った。
アントニオの姿が遠ざかると、虎徹はぐしゃぐしゃと髪を乱した。
「なんでまた、鋏なんだよ…」
項垂れる虎徹の姿に、ネイサンも眉を寄せ腕を組んだ。
「彼がやったって証拠はないけど、虎徹ちゃん、あなた気を付けた方が良いわよ?」
「バニーがやってないのに、何で俺が気を付けなきゃならないんだ」
「馬鹿ね。もし彼を嵌めるためだったらどうするの?下手したら怪我じゃ済まないかもしれないでしょう?」
「でも、アイツが何も知らなくて町に来たらどうするんだよ?犯人扱いされるかもしれないだろ」
「…もし、そのハンサムが犯人だったら、あなたはどうするの?」
ネイサンが吐き出した言葉に、虎徹はただ立ち尽くした。
「は…、何言ってんだよ…。さっきとはえらい違いだな、ネイサン」
「だって、普通は疑ってもおかしくはないでしょう。わたしだって本当はそんなこと思いたくはないけど、知人が巻き込まれそうなのを見て見ぬフリなんて出来ないわ」
「だけどよ!」
「虎徹ちゃん、」
ネイサンは虎徹の名前を呼んで、彼の褐色の腕を握り締めた。
虎徹は不満そうにネイサンを見詰めるが、彼女は首を横に振るだけだった。
「あなた、どうしてわたしの店で働いてるのか思い出してちょうだい」
ネイサンの強い言葉に、虎徹は反論できずに視線を逸らした。
「忘れたわけじゃないでしょう?」
「ああ、忘れてないさ。でも、それとこれとは違うだろ?」
「一緒なのよ」
「違う!」
でも、あなたは同じことをしようとしているのよ。
視線を合わさない虎徹の頬を掬いあげてネイサンは言った。
「良い?あなたを心配してるのよ。わたしもアントニオも。さっきは確かにあなたらしくとは言ったけれど、それであなたが怪我をするならわたしは止めるわ」
もう二度と、あの日のようなことにはさせたくないの。
ネイサンは悲痛な面持ちで虎徹に言った。
虎徹は拳を作り、それでも、と呟いた。
「俺は、バニーについててやりたいんだ」
虎徹はネイサンの両手から逃れて、走り出した。
伸びてくる彼女の手を低い姿勢で回避して虎徹は大きな声ですまんと謝罪した。
「…謝るくらいなら、行かなければいいじゃない、馬鹿ね」
悪態を吐いたネイサンは、あの日の出来事を思い出さないようにと眉間を指で押さえた。
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