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シザーハンズと愛の行方
バーテンと自衛団の男


あれから数日が経過した。
虎徹の指の傷は瘡蓋になり、少し痒みがある程度で痛くも何ともなかった。
しかし、あの日以来バーナビーと会うことはなく、虎徹は退屈な日々を過ごしていた。


「何が退屈よ、仕事をしなさい、仕事を」
「ふぁーい…」

無意識に声が出ていたのだろうか、それを聞いたネイサンは鋭い眼差しで虎徹を睨み付けた。

虎徹は欠伸のような溜息のような返事をして、カウンターテーブルを拭いた。
ふ、と視線が下に向かったのは、数日前にバーナビ―が座った席でそこで虎徹が指を切ったからだ。
そこには殆ど薄れてはいたが点々と虎徹の血が付着していた。

「なぁ、ネイサン」
「なーに?」
「やっぱ、俺、バニーちゃんをここに連れてきたのはまずかったかなぁ…」
「どうしたのよ、急に」

いや、と虎徹は頭をガシガシと掻いて、その場にしゃがみ込んだ。
自分の零した鮮血を、そっと指先でなぞる。

「あいつさ、忘れるところでした、って言ったんだよ」
「…?どういう意味、それ?」
「俺にも、最初は何言ってるかわからなかったんだけどさ」

俺を見て、自分の手を見て、酷く驚いた顔をしたんだ。

「あいつ、一瞬だけど、手のこと忘れてたみたいなんだよ」

鋏状の、他人を傷付けるだけでしかない手の事を。

「俺はさ、他人と違うアイツが人間らしく笑ってくれるのが嬉しかった。でも、アイツはあんな手で…、誰かを傷付けるのが嫌で出来るだけ他人から遠ざかってたのに、俺はアイツの心の中にズカズカ入り込んじまって。…俺が指を切ったとき、きっと思ったんだよ。近付けばきっと、傷付けるって…」
「そうね」
「俺は、近付かないほうが良いのか……いだッ!」

ネイサンの拳が落ちてきて、虎徹の頭の上を直撃した。
虎徹はしゃがんだまま痛みに呻いて、涙目でネイサンを見上げた。

「あなたまでそんなこと言って、それでいいの?」
「……」
「今更、兎ちゃんが傷付くからお節介は止めよう?それであなたは良いと思っているならそうね、クビよクビ!」
「は!?そんなこと思ってねーだろ!」
「だったら、さっきの言葉取り消しな!」

ドンと、カウンターテーブルを叩くネイサンに虎徹は頭を押さえたまま立ち上がった。

「すまん…。ネイサンの言うとおりだ」

虎徹は力なく椅子へと腰かけた。
そして自分の指先を見詰めて小さく溜息を吐いた。

「俺は、アイツに不自由のない生活をしてもらいたい…」
「それは私も賛成よ、虎徹ちゃん」
「でも、どうやったらアイツがそう思ってくれるかわかんねーんだよ」

ぐったりとテーブルに身体を倒した虎徹に、ネイサンはあなたって本当に馬鹿ね、と笑った。

「あなたはあなたらしくで良いんじゃないかしら?変わるとしたらね、きっとハンサムな彼のほうだと私は思うのよ。だから、あなたがその手伝いをしてあげるのよ。お得意のお節介で」

「そっか…そうだよな」

グダグダしていても仕方のないことだ、と虎徹はそう思い身体を起こした。
その気になれば、あの手だって人間の手のように出来るはずなのだから。

「それなら、あの屋敷の博士に頼めばいいじゃないの?」
「あー!そっか」

それがあったと、虎徹は博士の姿を思い出した。

「それならそうと、その博士に掛けあってみるか!」

立ち上がり、バーを出ようと駈け出した虎徹の後ろの襟を掴んで、ネイサンは制止させた。
勢いでつんのめる彼の首が締まり、蛙を踏みつぶしたようなそんな声が聞こえた。

「ちょっと虎徹ちゃん。今日は駄目よ」
「んでだよ、ネイサン」
「今日は団体のご予約があるの」

ズルズルとカウンターの中へと虎徹を引きずると、さぁ仕事をしなさい。とネイサンにほうきとチリトリを握らされた。
渋々虎徹はそれを受け取り、気の無い返事をすると背を丸めながらバーの表へと出た。

無断で行ったらクビよ、と脅された虎徹はもう一度返事をして掃除を始めようとしたとき、虎徹は声を掛けられた。

「…虎徹、か?お前、ここで働いているのか?」
「ん?あ、アントニオじゃねーか!」

久しぶりだな、と手を上げたのはオールバックのガタイのいい男だった。
虎徹はネイサンとこの店で働いてるんだ、と言うと同時に、扉を開けて男に飛び掛かるネイサンが視界に映った。

「あら!久しぶりじゃないの〜!」
「え、ああ…久しぶりだな、ネイサン…」

ネイサンに抱きつかれ、撫でくり回されているのは虎徹の古くからの親友、アントニオだ。
アントニオは町の自衛団に勤務していて、たまにこうして巡回がてら色々な店に顔を出している。
「ここはネイサンの店か?」
「ええ、そうよ。素敵でしょう」
「ああ。確かに」

が、どうやら最近忙しいらしく、ネイサンが以前勤めていた店にも来ていなかったようだ。
ネイサンが個人経営をしているのを知らなかったアントニオは、ここがネイサンの店か、お洒落だなと言った。

「前の店のとき、顔すら出してくれなかったから、寂しかったのよぉ。ねぇ、虎徹ちゃん」
「え?あ、おう」

有無を言わさないネイサンの口ぶりに合わせて虎徹も頷いた。
アントニオはそうか、と呟いて虎徹に笑いかけた。

「もう、私を無視して。妬けちゃうわねぇ」
「?」

首を傾げる虎徹と、今にもアントニオの頬にキスをしそうなネイサンに彼は相変わらずだなぁ、と苦笑した。






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