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シザーハンズと愛の行方
鋏男とバーテンと、




おい、バニー…バーナビー。

虎徹が自分の名前を呼んでいる。

おい、バニー、起きろ、起きるんだ。

優しく頬を撫でられる、温かい感触。
耳元で囁かれる声にバーナビーは目を覚まさなくてはと、意識を浮上させた。
重い瞼を開いて、エメラルド色の瞳を瞬いて。
ぼんやりと闇の中、虎徹の姿を探す。
そうして視線を巡らせて、ようやく虎徹の姿を捉えた。

彼は笑っていた。
安堵していた。

そんな彼を見詰めてバーナビーは幸せだなと、心の中で呟いた。
本当に、何て幸せなんだろう。
今なら彼を抱きしめられるのではないかと、バーナビーは叶うことのない願いを胸に抱いた。

そして、そんな希望を一瞬で奪われて。
バーナビーは現実へと引き戻される。



「おじ、さん…?」

吐き出した声は掠れていて、とても間抜けなものだった。
頬を伝う生温かいものが赤いそれではないことを祈って、失望する。
虎徹の心配させまいと笑っていた。
だが、頬は引き攣って、苦痛を堪えている。
突き刺さった刃は胸に大きな傷口を作り出していた。

「よかった、バニー…生きて、て…」

呻きながら吐き出された声色。
服を強く握り締める虎徹の手は痛いくらいで。
バーナビーは恐怖に身を震わせたていた。
思考が全く追いつかなかった。
ただ、自分の上で崩れた身体を傷付けないように抱き込むことしか、バーナビーには出来なかった。

「…おじさん、何で…」

どうして。
そう問えば、虎徹はは判らないのか、と笑って。
お前が大事だからだと言った。

「俺だって、お前を…失いたく、ない…」

伸ばされた手はバーナビーの頬に触れ、自分の流した血を拭った。
そうして緩やかにその手は滑って彼から離れ、虎徹は瞳を閉じた。
バーナビーはおじさん、と呟いて。息を呑んだ。
そして。
傷塗れで動かない身体を無理に起き上がらせて、もう一度襲い来るバケモノへと粉々になった手を伸ばした。

彼を守る為に。
(こんな腕一つ、こんな命一つ。どうなってもいいから、だからどうか、おじさんを…)

虎徹さんを。
どうか。





凶器が彼の腕へと降り注ぐのと、大きな破裂音が部屋中に轟くのは同時だった。

あの日と同じように転がり落ちた腕と、あのときのように自分が倒した異形の身体が眼鏡越しに映る。
崩れ伏す姿の先に、巨漢の男を捉えてバーナビーは無意識にアントニオさん、と彼の名前を呼んでいた。

「大丈夫か、二人共!」
「僕は、大丈夫です…それより、おじさんを…」

自分の胸の上で気を失っている虎徹をアントニオに託して、バーナビーは器用に立ち上がった。

「おい、バーナビー。お前も腕を切断されてる。…動くと危険だ」
「そんなこと…わかってます、よ…」

それでもやらなければならないことがあるんです。
バーナビーは足を引き摺りながら、蝋燭の灯の元へと歩み寄った。
粉々になった片手と、失った片腕で器用に蝋燭を掴み上げると、機能を停止したのか動かなくなったバケモノの上へと近付けた。
異形の身体へと近付けた炎はその皮膚を焦がし、燃え始め赤い炎を立ち上らせた。
バーナビーはその光景をただ悲しげに見詰めていた。

「…よく、一発で、仕留められましたね…」

虎徹とアントニオの元へと戻ったバーナビーは壁伝いに凭れながら座り込み、重々しい溜息を吐いた。

「博士に聞いたんだ。首を狙えとな」
「…そう、ですか…」
「彼は俺の部下に任せておいたから、安心しろ」

死にはしないだろう、と言ったアントニオにバーナビーはそうですかと笑みを漏らした。

「この件はお前らの怪我が治ったら事情を聞くからな…おい、バーナビー?」
「…おじさんは…」

絞り出した声は掠れていた。
アントニオはもう何も話すなと言ったが、バーナビーは聞く耳を持たなかった。

「…おじさん、は、…大丈夫…ですか…?」
「ああ、大丈夫だから、もう…」
「そう、ですか…」

良かった。
バーナビーは深く息を吐いて、そしてゆっくりと瞼を閉じた。

(おじさん、)

(おじさん…)

(すみませんでした、)

(ありがとうございました…)

(でも)

「おい、バーナビー…?おいっ!目を開けろっ、死ぬんじゃないぞ、おいっ!」

(さいごくらい、あなたにつたえればよかった…)

ずっとあなたの傍に居たかったと、あなたに触れたかった、と。

(あなたが、すきです)


あなたを愛しています。




バーナビーの緑の瞳は意識のない虎徹を映したまま。

緩やかに、閉じられた。







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