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シザーハンズと愛の行方
バーテンと刃




「どっか…怪我の手当が出来そうな部屋…」

フラフラとした足取りで、虎徹はユーリを抱えたまま歩いていた。
歩く力がないのか、はたまた生きる気力を失ったのか。
ユーリは足を動かす様子はなく、ただ虎徹にされるがまま促されている状態だ。
以前だったら難なく大人一人担げる体力があった虎徹だったが、今はもうそんな自信はない。
頬に汗を伝わらせながら、どこかユーリの手当てが出来そうな場所を探した。
しかし屋敷はどこもかしこも荒れ果てており、虎徹は周囲を見詰めて肩を竦めた。

「せめて、手当て出来るもんがあれば…」
「…そんなもの、要りませんよ…」

虎徹の独り言に、ユーリは要らないと首を振り否定した。

「だってお前、そんな身体じゃ…」
「…私の心配などせずに、彼の…バーナビー君の、心配をした方が…いいですよ」

ユーリは虎徹の肩を押しやって、彼から離れた。
そして壁に手を付き、そのままゆっくりとその場に腰を下ろす。
荒い息を吐いて肩を揺らすユーリの姿に、虎徹は咄嗟に腹部の血を止めるために上着を脱ぎ、彼の腹を布越しに押さえた。

「あなたは、馬鹿…ですね」
「…うるさい」
「私のことは…もう放っておいて、ほら…早く…」

ユーリは虎徹の手を掴んで、彼の胸元へと押し返した。
反動で少し躓く虎徹に、ユーリはさあ早く、と言った。

「アレは、人間じゃないんですよ…?疲れを知らないバケモノです…。…そんな相手に、彼がいつまでも、立ち向かえるわけが…ないでしょう…」

君は、こんなところで油を売ってはいけませんよ。
ユーリのその言葉にピクリと反応した虎徹は、顔を伏せて目を閉じた。

「…すまん」

虎徹はポツリと呟いて、踵を返した。
それで良いんです。と、ユーリは虎徹の背中を見詰めて笑った。




虎徹が姿を消して、静から廊下に自分の吐息が響く。
腹部を押さえて、やっと自分に安息出来る瞬間が来たか、とそう思った。
しかしそう思うのも束の間で。
聞き慣れない靴音に、ユーリはうっすらと目を開けて、音の主を視界におさめた。

「おい、大丈夫か!?」

声の主はどこかで見たことのある男だった。
確か、自衛団をやっていたな、とユーリはぼんやりとした頭の中でそう思った。

「お前ら、彼の手当をしてくれ」

男が部下であろう、他の若い青年たちを呼ぶ。
医療の知識があるのだろう。青年はユーリの腹の傷を確認している。
ユーリは周囲を見回す男の姿を見て、ああ、と納得の声を上げた。

「…彼ら、なら…その先を行った、鉄製の扉で出来た部屋に、居ますよ…」

ユーリの言葉に男は目を丸くして、わかったと頷いた。
そして一番聞きたかっただろう質問を口にした。

「…その怪我は、バーナビーがやったのか…?」

ユーリはクスリと笑って、残念ながら彼ではありませんよと呟いた。
男はそうか、ともう一度頷くと青年たちにユーリ博士を頼むと告げて、歩き出した。

「待って、下さい。…あなた…拳銃を持っています、か…?」

不意にユーリが男に問いかけて、彼は歩みを止めた。
何故だと男が問えば、持っていた方が良いとユーリは答えた。

「護身用に一応、持ち歩いている」
「そう、ですか。それなら…彼らを襲っているものの、首を、狙って下さい…」

男は訝しげな表情を浮かべたが、ユーリの目が真剣に男を見詰めていたため深くは問い質さなかった。
ただ、わかったと男は答え、そして先程よりも足を速めと、その場を離れて行った。

「これで、もう…」

思い残すこともないですね。とユーリは瞼を閉じた、ただ深い笑みを浮かべていた。






廊下を走る音と少しの息使いが耳に響く。
虎徹は急いであの部屋へと戻り、鉄で出来た重い扉を押し開いた。

「バニー、無事か!?」

暗い部屋の中へと飛び込んだ虎徹は、自分の足元にある破片と、先程まで無かった血痕に気付いた。
体中の体温が下へ下へと落ちていくのを感じて、虎徹はぶるりと身を震わせ必死に周囲を見回した。

「おい、バニー…バーナビー!」

闇に染まる視界の中、虎徹はバーナビーの名前を呼んで、彼の姿を探した。
そして、床に広がる金色を視界の隅に捉えて、虎徹はほっと安堵の息を吐いた。
しかし。

「おい、バニーッ、起きろ!起きるんだ!」

彼の前にはあのバケモノが立っていた。

虎徹が叫ぶのと、異形が手を天井に向け振り上げるのは同時だった。
ピクリともしないバーナビーの姿に、虎徹は駆け寄り彼の身体の上に覆い被さる。

間に合った。虎徹は彼を抱きしめて笑った。
まだ、彼は息をしている。
生きている。

「バニー、ちゃん…」

虎徹が彼の愛称を呼んで、バーナビーが睫毛を震わせ目を覚ました瞬間。
虎徹の背中に振り下ろされたのは深紅に染まった、刃だった。








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