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シザーハンズと愛の行方
鋏男と愚か者




「あ……?」

ボタボタと地面に零れ落ちた鮮血に驚きの声を上げたのはユーリだった。

突き刺さったのは銀色に光るメスではなく、黒々と光る鋏状の腕で。
虎徹の左胸に、ではなくユーリの腹部にだった。
ユーリの身体に貫通したそれは赤黒い液体を滴らせて、床に大きな血だまりを作った。


「まさ、か…」

吐き出された声は血と共に頬へと伝い落ち、床に広がったものと混ざり合う。
ユーリは虎徹の実験台へと腕を付いてどうにか倒れることなく済んだが、彼の手からは輝く刃物が滑り金属特有の高い音を立てて床へと落ちた。

「…はは、また…し、っぱいです…か…」

バケモノから鋏状の腕を引き抜かれ、ユーリは激痛に表情を歪めた。

「おい、大丈夫か!?」

虎徹が唯一動く首だけを動かし声を掛けるのに、ユーリは本当にお節介な人だ、と目を細めた。

「…どうやら…このバケモノにとって、一番愚かなイキモノ、は…私だったようです…」

ユーリは虎徹の方へと体重を掛けて腕を伸ばすと、虎徹を縛りつけていた革製のベルトの留め具を器用に外した。
簡単に外れたそれに目を見開く彼を余所にユーリは自嘲を漏らした。

「本当は、わかっていたんですよ…。日記を、読んで…。彼は、何も知らなかったと…。でも、今更…止められるわけが、ない…でしょう…、こんな醜い…衝動を……」

裏切られたんだ、とユーリはそう思った。
憧れの人に、そして彼にまで裏切られた自分は一体何を信じれば良いのか、わからなかった。
だから。

「…お前…」
「…虎徹さん、すみませんでした。ですが、どうか、彼には…内緒に…」

私は憎まれていた方が、楽です。

虎徹の耳元で囁くユーリの表情はとても穏やかだった。
風を切り、彼の首元へと下ろされる凶器に恐れることなく自ら行った罪の執行を待つその姿は、虎徹の目には、銃口を自分に突き付けるあの青年のように映った。

「…やめろ!やめろぉッ!」

動くようになった右腕をユーリの元へと必死に伸ばす。
しかし縛られた箇所が虎徹の動きを抑えて、彼の手はユーリには届かなかった。
またなのか。
虎徹は唇を噛み締めて、そして。鈍い音が部屋中に響き渡った。

虎徹は反射的に右腕で目を覆った。
生温かい鮮血と。転がる鈍い音と。
想像したものが目の前に映像として流れ込む恐怖が広がって、虎徹はユーリの姿を見ることは出来なかった。

「おじさん、早く!彼を、ユーリを連れて逃げてください!」

しかし虎徹の目に映ったのは金の髪の青年だった。
バーナビーはバケモノの上に馬乗りになり、異形の腕を自分の腕で押さえつけていた。

虎徹はバーナビーの声にはっとして、急いで自分を縛る左手の、そして両足の拘束具を外した。
力づくで外したそれは金属の破片を飛び散らせたが、今の虎徹にはそんなものに気を取られている暇はなかった。
実験台から抜け出すことに成功した虎徹は地面へと降り立ってユーリの元へとしゃがみ込んだ。
腹部を抑えたまま蹲っている銀髪の男の片腕を虎徹は自分の肩へと回して立ち上がらせると、バーナビーの言葉通りその場からユーリを連れ、離れようと歩き出した。

「バニー、すぐ戻るからな!」

虎徹はバーナビーへと声を掛けるとドアノブを回し、重い扉を押して部屋の外へと出て行った。

「……ッ、」

バーナビーは虎徹の後ろ姿を横目で見送って、暴れ始めた異形の姿に鋏を突き立てて動かないように力で固定した。
しかしそれも時間の問題だろう。
元々庭の手入れをする為の両手は年季の入ったもので。
いつまでも食い止められるような、そんな頑丈な手ではないのだ。

「出来れば…戻ってきては欲しくはないんですけどね…」

ガチガチと震える刃がバーナビーにもう限界だと訴える。
それでも彼は力を緩めることなく、寧ろ力を込めてバケモノを捕え続けた。

遠く、遠く。
出来れば彼が戻って来ることが出来ない距離まで持ってくれと。

鋏に大きな亀裂が走り、砕け折れるまで。
バーナビーは諦めることはなかった。








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