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シザーハンズと愛の行方
鋏男と理由




「おじさん!」

バーナビーは蝋燭の灯しかない薄暗い部屋の中、虎徹の姿を捉えて彼の名前を呼んだ。

虎徹はバーナビーの登場にほっと安堵の息を吐いたのも束の間、複雑な面持ちで二人の男の姿を交互に見詰めた。

「ユーリ…」

バーナビーの視線は直ぐに虎徹から、銀髪の不健康そうな男へと注がれた。

「おや、思い出したんですか。バーナビー君」

ユーリはバーナビーを見詰め口元を歪めて笑ったが、その目は鋭く彼を睨み付けていた。

「ええ。殆どの記憶を思い出しましたよ。…あなたの、お陰で」

この手になる理由を。思い出したくなかった理由を。人と近付かないよう生活してきた理由を。
誰も愛さぬと決めた理由を。

「あなたの目に映る僕の姿はさぞ滑稽だったでしょうね」
「いいえ。…ですがたまに、懐かしくありましたよ。君と、何も知らぬ日々を過ごせて、そして…」
「僕と話せたことが…?」

そうですね、とユーリは頷いた。

「あなたは僕と距離を置き、そして話しをしなくなりましたからね」

ユーリが肩を竦めて言うと、バーナビーは顔を伏せて黙り込んだ。

「あれは仕方なかった。そう思っているんでしょう。私だってそうだ」

仕方なかった。
でも、もう起こってしまったものは元には戻せない。

「さて、もう少し思い出話でもしましょうか?」
「…その前に、おじさんを、彼を縛っているものを外して下さい」

バーナビーは虎徹の姿を見て、出来るだけ落ち着いた口調で言った。
だが、ユーリはその言葉を聞いて驚いた顔をするだけであった。

「あなたが自分で外せば良いでしょう?」

当然だ、とバーナビーは思った。
しかしバーナビーは彼を助けるべき手を持ってはいない。

「…この手では、彼を傷付けてしまうから出来ない」

バーナビーは唇を噛み締めて、そして自分の両の手を見詰めて首を振った。

「それならそのままでも仕方がないでしょう?…あなたはそう、いつだって自分勝手な人だ」

あの日、あなたが私から両手を奪われた日のことを覚えていますか。
ユーリの問いに、バーナビーは覚えていると頷いた。

「あの日、あなたが言った言葉を今でも鮮明に覚えていますよ」

馬乗りになり、見下ろした青年の表情、エメラルドの瞳。鋏から伝わる生々しい感触と生暖かい赤。切断され転がる右腕の骨の白さ。そしてもうすぐ切られるだろう左腕。
そんな中で、君はただ私を見詰めて、淡々と言ったんだ。

『僕は、もう誰も愛することはない。もう二度と、』

「ですがあなたはいつだってそうだ…。直ぐに嘘を吐く」

それがこの結果だとユーリは吐き捨てるように言った。
バーナビーが彼の言葉を甘んじて受けようとしたとき、違うと声を上げたのは虎徹だった。

「俺が勝手にやったことだ。俺がお節介焼いてこいつに近付いて。バニーのせいじゃない、バニーはなにも…」
「違わないですよ。おじさん」

バーナビーは虎徹の言葉を遮って、困り果てたようなそんな表情で苦笑を浮かべた。

「確かにおじさんのお節介が全ての始まりでした。でも、それでも僕はいつだってあなたを突き放すことが出来たんですよ。でも、それをしなかった。僕はね、あなたに惹かれていたんですよ」

ずっとあなたの傍にいられたら。普通の人としていられたら。
あなたを傷付けない手で、あなたに触れられたら、抱きしめられたら。

「だから、私はね。君の大切なものをもう一度奪うことに決めたんですよ」

ユーリはそう言って虎徹へと手を伸ばした。
バーナビーは咄嗟にユーリの方へと扱い慣れた凶器を向けた。

「それなら僕は、あなたを殺す。今度は…今度こそは」

突き付けた鋏は、蝋燭の灯しかない薄暗い部屋で朱色の光を帯び反射して、虎徹は駄目だと制止の声を上げた。
しかしバーナビーは先程と変わらない苦笑を浮かべたまま首を振り、すみませんおじさんと彼に謝罪の言葉を口にした。

「でも、引けないんですよ。大切なものを奪われるくらいなら…バケモノになっても構わない」

バーナビーのその声は揺るがない決意を抱いていた。
彼の真剣な眼差しに自分が何を言っても無駄なのだと、虎徹は唇を噛んだ。
喉元まで出かかっていた彼を止めるありとあらゆる言葉を、口を閉ざし呑み込むことで遣り過ごす。
ユーリはそんなバーナビーの決意を鼻で笑って、ゆるりと片手を上げた。

「あなたはずっと昔から、そして今もバケモノですよ。バーナビー君」






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