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シザーハンズと愛の行方
バーテンと鋏と腕




それは殺し合いとは呼べぬほど、一方的なものだった。
バケモノと殺したバーナビーは体力も気力も、何もかも残ってはいなかった。
ユーリはバーナビーのふら付く身体を床へと押さえつけて、彼の持つ血塗れの鋏を奪い取った。
渇いた血痕はカサカサと手に不快な感覚を与える。
それでもユーリは殺さねばならないと思った。
奪い取った刃物でバーナビーの右腕を、体重を掛けて切り落とそうと。
骨が引っ掛かり鋏の刃が欠けても。それでも力を込めて圧力を掛ければ、骨の軋む音と、手が地面に転がる音が耳に届いた。
彼は激痛にのた打ち回るだろう。そう予想していたユーリだったが、バーナビーは痛みに平然とした様子で自分の上に馬乗りになるユーリの姿を凝視していた。

「              」

そのとき、バーナビーは荒い息を吐きながらユーリに何か言った。
それは呪詛のようにユーリの耳から離れず、ユーリは思わずうろたえた。
背中を大きく揺らせば側にあったテーブルに右肩をぶつけて、その衝撃で蝋燭が地面へと落ちて小さな火が床に広がった絨毯を燃やした。
ユーリはそれに気付かなかった。いや、気付けなかった。
ただユーリの頭の中はバーナビーのもう一つの手を切り落とすことに必死で、真黒に変貌した鋏を天井へと掲げていた。

「あなたを、絶対に…赦さない」

業火の炎が身を包む、熱くて苦しい赤が飲み込む。
ユーリは切り落としたバーナビーの手を見詰めて笑った。
彼の手は要らない。罪を犯した手だから。
ユーリは笑みを携えたまま意識を失ったバーナビーの重い身体を引き摺った。
炎の中、逃れるときにユーリは火傷を彼方此方に負った。
痛くて熱い。でもそれ以上に胸が痛かった。
それでもユーリはバーナビーを離さなかった。

ただ、彼の紡いだ言葉のせいだと思いたかった。



「さて。もうお判りでしょう?これが私と彼に起きた出来事です。そして、私は復讐に終わりを告げるつもりです」

ねぇ、虎徹さん。あなたはきっと間違っていると言うでしょう。
そんな顔をしてますよと、ユーリに言われて、虎徹は当たり前だと睨みつけた。

「それでももう元には戻れないんですよ。私は未だに彼が赦せないし、彼は私を最愛の人を殺した男だと思っている」
「それは嘘だ。本当はもう、そんなこと思っちゃいないんだろ、なぁ?」

虎徹の言葉にユーリは苦笑を漏らし、目を細めた。
この男が不思議な男だ。
まるで全てを見透かされているのではないかと、ユーリはそう錯覚させられる。

「いいえ。嘘ではないですよ。私はまた一人、彼の最愛の人を殺しますから」

ユーリはそう言葉をはぐらかして虎徹の頬を愛おしく撫でた。
その動作に抵抗しないまま虎徹はじっと男の目の下の隈ややつれた頬を見詰める。
虎徹はこれ以上その話に口を出さなかった。
ユーリの揺らぎのない眼差しに、別の方法を探すしかないと虎徹は心の中でそう思った。


「虎徹さん。あなたに触れられない彼は、あなたの死に絶望するでしょうか。それとも人間の理性を捨ててまたバケモノへと成り替わってしまいますかね?」
「あいつは、お前と違ってそんなもんにはならねぇよ」
「いいえ、なりますよ。人は誰しも簡単に醜悪なバケモノになります」
「…だったら俺はあいつを止めるだけだ」

虎徹の揺ぎ無い眼差しにユーリはそうですかと力なく笑った。

「本当に、心から彼がとても羨ましい。私もあなたにそう言われたかったですよ」

ユーリの冷ややかな手が虎徹の目元を覆い隠して、唇に何かが押し当てられる。
それが好意よりも狂気に近い男の口付けだと理解して、虎徹は唇を引き攣らせ身を震わせた。
ユーリはそっと虎徹から離れて部屋の奥、闇の中へと視線を送った。

「もうすぐ、何もかも終わりますよ。何もかも」

そう言葉を吐き出したユーリの手が震えていたことを、虎徹は目元を覆う掌から感じて知っていた。






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