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シザーハンズと愛の行方
バーテンとブルックスの名



「最初はそう、裁きの鉄槌だった」
「…裁き、の?」
「それがいつしか個人的な恨みにすり替わっていたんです」

ユーリは目を細めて過去の記憶に辿りつくと溜息を一つ吐いた。

「彼と私は従兄弟なんです。正確には血は繋がっていないんですよ。…私の父は養子だったので」

バーナビーとユーリの両親は血の繋がらない兄弟だった。
ユーリの父は、跡取りのいないブルックス家の長男として養子として迎え入れられた。
しかしその後、すぐにブルックス夫妻に子供が出来た。それがバーナビーの父親だった。

「ブルックスの血を受け継いだ男の子が生まれて、私の父は不要になりました。けれども夫妻は私の父を後継ぎとして育てたのです」

ユーリの父親は政治家として。
バーナビーの父親は博士として。
同じブルックスの名を受け継いだ。しかし。

「私の父はブルックスとしての器量を持っていなかったんです。直ぐに欲望に目が眩み、政治家として、ブルックスとして犯してはならない罪を犯したんです」

町の献金を自らの欲望のために遣い、ブルックスの財産にまで手を付けた男は、とうとう自分の妻にまで手を上げた。
その行為をユーリはずっと片隅に隠れ、恐れを抱きながら終わる日が来るのを待っていた。

「私は子供心に思いました。あんな父親は裁かれればいい、と」
「……」

そして、バーナビーの父親がユーリの前に現れた。
彼は傷や痣まみれの母と、拳を上げる父の間に割り込み。
父は然るべき裁きを下されたのだ。

「私の父と取っ組み合いになったバーナビー君の父は、誤って彼を突き飛ばしテーブルの角で頭を打ち付けて、」

死にました。

頭から血を流す男に縋るバーナビーの父親と、膝を付き泣き喚く自分の母親の姿をただぼんやりと見詰めて。
ユーリは漸く終わったんだと思った。

「ですが、私にとって悲しむべきことは全く以てなかった。あんな男を父親として生かしていた方が私にとっては大きな罪だったのです。…だから私にとって、バーナビー君の父親は正義の救世主だったんですよ」

その後、母は父から受けた暴行が酷く病院に入院することとなった。
しかし数ヶ月後には父の後を追うように帰らぬ人となった。過剰な暴力で弱った身体が原因だった。

「そこで私は必然的にバーナビー君の父親に引き取られたんです」

嬉しかった。
自分の父親を裁いた男の傍に居られるなんてこんなにも嬉しいことはなかった。

「私は憧れの人と一緒に住むことが出来てとても嬉しかった。そんな彼の息子のバーナビー君と共に同じ学園生活を送ることが嬉しかった。……ですが、幸せとは長くは続かないものです」

ユーリの中でトラウマは癒えることはなかった。
それは徐々に心の中の傷を広げてユーリにある固執を生み出すこととなった。

「私はバーナビー君の父の研究の手伝いをしていました。元々私にはその素質があったようで助手という形で彼の傍から片時も離れませんでした。だから私は彼の心の闇を知ってしまったんです」

君には黙っておこうと思ったんだが、私はね、死体を生き返らせる実験をしているんだ。

「そうして見えてしまったのは絶望でした。彼は、私の父を…生き返らせるために密かに実験を非道徳的な行いをしていたんです」

彼は“正義”なんかではなかった。ユーリの固執する“正義”では。
そう。彼は自分の良く知るとても醜いモノを持っていたのだ。
ユーリは彼の行動を止めなければならなかった。
しかし。

「私には決意した彼を止める術がなかった。だから私はバーナビー君に相談しようとしたんだ。…しかし彼は私の話には取り合わなかった。私は見て見ぬフリをしていたんだと、知ったんです」

あとはもう簡単な話だと、ユーリは言った。
バーナビーの父親が居ないときを見計らって研究室に忍び込み、彼が造り上げたものを細工した。
ユーリの父親の姿をしたバケモノの両の手の鋏を縫い付け、そして。
脳へと送る電子信号を、人間の怒りの信号として送られるように変えた。
そしてあとは腕を隠すように布を被せて、ユーリは何食わぬ顔で研究室を後にした。

「これで、彼らは間違いに気付くと思いました」

バーナビーの父親が彼に電子信号を送り、目覚めたバケモノに懺悔しながら胸に突き刺さったまま折れた鋏を抜くことなく死んだ。
バーナビーの母親は逃げ惑いながらリビングで大きな穴を開けられてそのまま床へと平伏した。
ただ、計算違いだったのはその日がバーナビーの誕生日で、彼がいつもより大学から早く帰ってくることだった。

「私は彼に罪をきせようと思っていました。しかしそれは彼の言葉で一気に別の、赦しがたい別の感情を生み出しました」

『殺してやる』

「彼は私を殺すと言いました。全ては自分たちが招いたことなのに、私は何も悪くないというのに」

赦さない。

「偽善者のフリをして両親の死を悼むバーナビー君に、私は腹が立ちました。だから私は町へと出たバケモノを彼に追わせたんです」

あそこで死ねば、良かったんです。
それなのに彼は血に塗れても、傷に塗れても、しぶとく生きていました。

「この日記をあなたは見付けましたね」
「……バーナビーの、日記か」
「ここにはね、あの出来事全ての懺悔が書いてあるんですよ。彼がバケモノを殺し、僕を殺そうとしていた間の罪とその懺悔全てがね」

そうして善者ぶりたかったんでしょうね。とユーリは笑った。

バーナビーはそうして屋敷へと戻ってきた。
血に塗れた鋏は以前の光を失い、赤から黒へと変わり果てていた。
ユーリとバーナビーは対峙した。
お互いが自分の正義を掲げているのだとユーリは無意識に理解した。

「それでも私は赦すことは出来なかった。彼だけは、ここで消してしまわないと」

ユーリは屋敷のある部屋にバーナビーを誘い込んだ。
弱った彼は形見となるであろう自分の日記を別の部屋へと隠して、ユーリの元へと訪れた。
そして。
二人は最初で最後の、自分たちの命を掛けた殺し合いを始めたのだ。







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