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シザーハンズと愛の行方
鋏男と折れた凶器



「ただいま」

扉を開ければいつも母が顔を覗かせてお帰りなさいと声を掛けてくるのに今日はそれがなく、バーナビーは首を傾げた。
もう一度母の名前を呼んで、今度は従兄弟のユーリの名前を呼んだ。父は、多分書斎だから返事はないだろう。
母とユーリの返事はなく、静かな空間が広がるだけだ。
バーナビーは母が料理をしていて手が離せないのかもしれないと思い至り、リビングへと足を向けた。案の定、リビングからは美味しそうな匂いがして、バーナビーはリビングを覗き込んだ。

「母さん、帰った…」
よ。と、口を開いたままバーナビーはその場で立ち止まった。
目の前に広がる光景に言葉を失い、ただ茫然と立ち尽くした。
それは見るも無残な光景だった。
床一面に広がった朱色は母のもので、胸から腹に掛けて大きな裂け目が出来ていた。そこから新鮮な臓物が溢れていて、バーナビーは思い出したかのように母さんと呟いた。
バーナビーは母の元へと近寄り血に塗れた床に膝を付いた。

「母さん、起きて…」

幼子が眠った母親を起こすような仕草で、バーナビーは母の肩を揺らした。
しかし、母は目を覚ますことなく。ただバーナビーの手を赤く染め上げるだけだった。

バーナビーは動かない母の死に漸く気付いて父を捜さないと、とフラフラと立ち上がった。

「父さ、…か、母さんが……」

震える声色でバーナビーは父親の姿を捜した。
父は二階の書斎に居る筈だとリビングから玄関先の階段へと頼りない足取りで向かった。そして、並同じ高さに並ぶ段を踏み締めてバーナビーは慎重に上った。
階段を上りきったバーナビーは廊下に点々と落ちている血に気付き足を速めた。父の書斎は一番奥の部屋だ。
バーナビーは父が無事であることを祈り書斎の扉を開いた。
チカチカと視界が白と黒に光る。嵐が来て部屋を荒らしたかのように散らばる本と崩れた本棚。その奥に横たわる黒い影をバーナビーは視界に捉えて、父を呼ぼうとした。
しかし、無駄だということに気付いた。
あれほど混乱して恐怖していた頭が今は妙に冷めていてバーナビーは不思議だと思いながら、父親を見詰めた。
切り刻まれた父の姿に、母以上の憤りを感じていたのかもしれない。それが沸点を越えて零の地点に戻ってしまったようなそんな感覚だ。
切り刻まれた父の姿も無残なものだ。
首に腹に両腕に両足に。深いもの浅いもの様々な傷。そして胸に刺さる、折れた鋏状の凶器。

「誰が、やったんだ…」

地を這うような低い声がバーナビーの口から出た。
そしてバーナビーは父に突き刺さる刃物を掴んで引き抜いた。刃物を直に握り締めた手は自分の鮮血と父の鮮血で滑りを帯びていたがそんなことは気にはならなかった。

そのとき背後でガタンと物に当たる大きな音が聞こえて、バーナビーは振り返った。
そこには見慣れた赤の他人の青年の姿があった。
彼は色白の顔を更に悪くさせて立っていた。そして、成功したんだ、と震えた声で笑っていた。

「成功…?」

バーナビーの声音は先程に比べて平淡なものだった。青年、ユーリは肩を竦めて、何もしらなかったんですかとバーナビーに言った。

「あなたの父親はとある研究をしていたんです。それがただ成功しただけ、ですよ」
「これが、成功?」

ユーリは頷いてそうですと言った。

「あなたの父親は、人間を一から死体のパーツで造り上げ、生き返るか研究していました。そして見事に一体の人造人間を造り出し、生き返らせることに成功した。そして…」

ユーリは死体を指差して、バーナビーの刃物へと移す。

「実験は成功しました。しかし、悲惨な結果と結末を招いて、ですが」

ユーリは瞳を細めてバーナビーを見た。その目は黒い感情に支配されているバーナビーと同じ色をしていた。

「あなたの父も所詮は欲望に憑かれた哀れな男だった、ということです」

救えない。
吐き捨てた声はバーナビーの耳にしっかりとした声色で届いて、バーナビーは救えない?とユーリの言葉を聞き返した。

「あなたの父は理に背いた。だから、死んだんです」
そして。
「もっと多くの人間が死ぬことになります。あなたの父親が招いた結末で」

バーナビーはユーリの襟元を掴んで唸るように殺してやると言った。
ユーリは鼻で笑い、私を殺す前にもっとやるべきことがあるでしょうと笑った。

「私は、正義だ。だから悪人を殺す。でも、あれは。あのバケモノはそんなもの関係ない」

ユーリはバーナビーの手を解き、離れた。そして部屋のカーテンを開き外を見詰めた。


「まずは、父親の不始末からあなたはしなければならない。私を殺す暇があるならば、先に」

沢山の人間が死ぬことになりますよ。その言葉は悪魔の囁きのように聞こえた。
バーナビーはユーリを見詰めて、もう一度殺してやると言った。
そしてユーリを忌ま忌ましく睨み付けて、踵を返した。今は、父を殺したものを追わなくては。
書斎を去るバーナビーの後ろ姿を見詰めて、ユーリは肩を竦めてそうですねと笑った。




「殺してやるだって…?」

私はお前を、赦さない。


「悪いのはお前たちの方だ」








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