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シザーハンズと愛の行方
鋏男とバーテンの行方



その血は自分のものだったか、相手のものだったかわからなかった。
ただ両手が燃えるその熱さと、まるで脳を抉るかのような鋭い痛みがバーナビーの身体を支配し暴れ続けた。
バーナビーは瞳を閉じ、ひたすらにその痛みが治まるのを歩みを止めることなく待つ。
しかし頭痛は治まる様子はなく、次々と彼に記憶の断片を見せつけた。
バーナビーはその記憶を自分の中へ受け入れる以外の他に方法はなく。ただ現実感のない、まるで夢のような過去を見詰めていた。
自分ではない別の誰かが自分を操って動かしているような錯覚を感じる。
しかし、それと同時に納得している自分がいた。
これが僕の過去、なのだと。

何とか町へ入ることが出来たバーナビーは、人気の少ない道を選んで虎徹の働くバーへと向かった。
幸い人目に止まることはなく、バー、ファイアーエンブレムへと辿りついた彼はCloseと出されている扉を、周囲を確認してから叩いた。
はぁい。とこのバーの主の声が耳に届き、暫くすると鍵を外す音が聞こえた。バーの主、ネイサンは扉を開いて扉の前に立つバーナビーの姿を視界に捉え目を大きく見開いた。
そして、外を確認してからバーナビーに中へ入るよう促した。

「おじさんは…虎徹さんはいますか?」

店内へと入って直ぐにバーナビーは尋ねた。
ネイサンは、まだ帰ってないけど。と答える。そうですか、と余裕のない声色の彼に彼女はどうしたのかと聞き返した。

「あ、いえ…その、おじさんを無理に帰らせてしまったので…」

バーナビーはここに居ないなら失礼しますと踵を返そうとしたが、ネイサンに肩を掴まれて彼は彼女の方へ視線を向けた。

「ハンサムな兎ちゃん。あなた、暫く此処にいてもらえないかしら」
「……なぜ、ですか」

白々しい台詞だなとバーナビーは思った。
ネイサンは彼の言葉に鋭い眼差しを向けて、あなたが事件の犯人かもしれないから。と隠すことなくさらりと言った。

「どうして僕が犯人だと思うんです?」
「凶器が鋏だからよ」
「そうですか」
「…でも証拠はないわ。あなたがやったっていう証拠が。だから、ここに居て欲しいのよ」

ここにいれば犯行があったときあなたを庇えるわ、とネイサンは言った。
バーナビーはその言葉を聞いて、それじゃあ駄目なんだと首を左右に振った。
そして店内を抜けるため彼女の手から抜け出し再び歩き出した。
しかし、バーナビーは扉の前で大柄な男に足止めを食らった。

「すみませんが、通してもらえますか。僕は急いでるんです」
「残念だが、それは出来ない相談だな」

男は町の自衛団に所属するアントニオ・ロペスだと自ら名乗り、バーナビーを殺人の容疑で身柄を拘束すると言った。
バーナビーはきっぱり嫌ですと言葉を放ち、アントニオは彼のその台詞に苦笑した。

「…どうして拒否するんだ。ネイサンの言うとおり、ここは大人しく従った方が良いんじゃないか」
「僕が殺人犯でも、両の手が鋏のバケモノでも何でも構いません。でも、早くおじさんを捜さないとっ…」

おじさん、という単語に動いたのはネイサンだった。
バーナビーの腕を掴んで、どういうことなのと疑問をぶつけてくる。

「…確信があるわけじゃない。もしかしたらひょっこり帰ってくるかもしれない…。でも、この事件に僕が関係してる筈なんです…」
「どういうことだ、詳しく説明してくれ」
「僕にも、よくわからないんです。記憶が曖昧で。でも、誰かが僕に濡れ衣を…いや、復讐を考えているのかもしれない…」

憎しみをぶつけられる感覚を忘れたことはない。
心が、どこかで覚えている。

「きっと、その矛先がおじさんに向けられる筈だ」
「虎徹ちゃん…に?」
「…はい」

だから、人とは関わらないように生活を送ってきた。
自分が誰かに興味を持たないよう。
誰も近付かぬように。
記憶すら必要ないと、そう思って。

「…わかった。信じる信じまいは別として、虎徹を捜そう。見付かれば大人しく俺と来てもらうぞ」

バーナビーは小さく頷いた。
ネイサンも私も捜すわとピンクの派手なコートを羽織る。アントニオはそれを手で制した。

「いや、ネイサンはここにいてくれ。もし虎徹が帰ってきたら連絡を入れてほしい」
「…わかったわ。アントニオのお願いだもの」

ネイサンはウインクを一つ、アントニオに送った。

「じゃあ、行こうか」
「はい」

アントニオが歩き出して、バーナビーが彼の背中を追おうとした瞬間だった。
バーナビーの脳裏にあの日の映像が流れ込んで、同時に激しい頭痛が襲った。
今まであった頭痛を越える、まるで刃物で切り刻まれるような酷い痛みにバーナビーは呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。
アントニオとネイサンは倒れ伏すバーナビーの姿に驚き、彼の元まで駆け寄る。
二人が頭上でバーナビーを心配をしている声が聞こえたが、激しい耳鳴りで彼らが何を言っているのかわからなかった。
ズキズキと脳を蝕む激しい痛み、引き裂かれるような胸の苦しさ。そして両腕を燃やし尽くそうとする熱さだけがただバーナビーの身体を覆い尽くす。
自分の意識が徐々に遠ざかっていくのを感じたバーナビーは歯を食いしばり、必死に鋏状の手で床を引っ掻き回した。
しかしその行為は全くの無駄で、バーナビーの身体は鉛を埋め込まれたかのように重くなった。

(駄目だ、おじさんを…捜さない、と…)

もがき苦しむバーナビーを何も出来ずに見守るアントニオとネイサン。
バーナビーは彼らの悲痛な眼差しを受け取りながら、エメラルドグリーンの瞳を緩やかに閉じるのだった。






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