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シザーハンズと愛の行方
バーテンと日記



虎徹はまさかこんなにもあっさりとユーリと話が出来るとは思っていなかったため、妙に緊張して両足を揺らした。
ユーリの出て行った扉や、部屋の中をそわそわと見回して、本が多いなと虎徹は思わず立ち上がり本棚へと歩みを向けた。
医療学の本から、錬金術、機械工学、悪魔祓いまで様々な本がある。
虎徹は書店には出回ってそうにない珍しい本を見て感嘆の声を上げた。

「……ん?」

その中で一際ボロボロになった本を見付けて、虎徹はその本を本棚から抜き出した。
表紙に書かれた字と模様は掠れて読めない。ペラペラとほんの頁を捲って、虎徹はそれが日記だと気付いた。新聞の切り抜きが貼ってあって判り難かったが、日付と曜日が書かれている。

几帳面な筆跡は昔のものなのか所々読めなくなっている。
これは、ユーリのものなのだろうか。

「お待たせしました」

背後から声を掛けられて、虎徹はびくりと肩を揺らした。
その日記を持ったままそそくさと促された席へと腰を下ろす。

「何か気になる本でもありましたか?」

ティーカップとポットをテーブルの上に置き、ユーリは言った。
虎徹はそっと日記をテーブルの上へと出してユーリに見せた。

「この本を…どこで?」
「あの本棚にありました。これだけ日に焼けてしいたから気になって抜いたんですが…」

驚いた表情を見せるユーリに虎徹は探しものだったかと尋ねて、その本を彼に渡した。
ユーリは日記の表紙を見詰めて頷くと、頁を捲った。

「これを、読みましたか?」
「いえ。中の記事だけちらっと。文字は読んでませんけど…ユーリさんの日記ですか?」
「…いえ。これは、私の日記ではありません。…彼の、バーナビー君のものです」

正確には、彼があの手になる前の、過去のものです。
ユーリは日記を閉じてテーブルの上に置き、虎徹の前の席へと腰を下ろした。

「…あいつの、バニーの手は普通の人間の手に戻せるんですか?」
「ええ。戻すのは簡単です。しかし、彼はきっとそれを望みませんよ、虎徹さん」

虎徹は肩を竦めて小さくそうですねと答えた。
バーナビーはどうしてか自分の手を戻そうとは考えていない。
それどころか、人から離れることばかり考えている。

「でも、俺はバニーに人間らしい生活を送ってもらいたいと、そう考えています。人から蔑まれたり、恐れられたり。本当はあいつだってそんなことされたくないと思っているはずなんです」
「そんなこと、どうしてわかるんです?」
「…どうしてって、人としてそれが当たり前のことじゃないですか?」

当たり前。
虎徹の言葉をユーリは首を傾げて聞き返した。

「…もし、彼が人ではなくバケモノで、当たり前の価値観が違っていたら?それでもあなたは当たり前だと言えますか?」

ユーリは自分が珈琲を淹れるのを忘れていることに気付き、ポット手に取った。
カップに闇色の液体を注ぎ込む男は淡々と残酷な言葉を口にする。
虎徹はその台詞に眉を寄せ不満を露にしたが、それでもと続けた。

「あいつがバケモノでも、過去に何を背負ってても関係ない。バニーが少しでもあの手をどうにかしたいって気持ちがあるなら、俺はあいつの代わりに手を治してくれって言います」

真っ直ぐな虎徹の眼差しに、ユーリは言葉を失った。
初めてだ。
誰かのためにそこまで言える人間を、ユーリは初めて見た。

「…あなたは珍しい人だ。私が見てきた人間のどれにも当て嵌まらない。…もし、あなたがあの日あの場所に居たのならば、彼も私も、こんなにも過去に縛られなかったでしょうね…」

でも、あの日、あなたはあそこにはいなかった。
どれだけそう願ったところで起きてしまった事実は変わらないのだ。

「…話が進んでから珈琲を出すのも申し訳ないんですが、どうぞ」
「あ、いえ。ありがとうございます」

スっと差し出されたカップを虎徹は受け取って、礼を言った。
虎徹はカップに口を付けて、珈琲をごくりと喉を鳴らして飲んだ。
独特の酸味と苦みが口内に広がり、虎徹は素直に美味しいと感想を述べた。
ユーリはそんな虎徹の姿を見詰め、小さく笑った。その笑みに様々な感情が含まれていることに、虎徹は気付くことはなかった。

「俺、絶対バニーのやつを説得するんで、あいつの手治してやってください」

お願いします、と深々と頭を下げる虎徹にユーリは先程の感情を全て切り捨てて首を左右に振った。

「それは、無理でしょうね」
「何で、……!」

大きな音を立てて椅子から立ち上がった虎徹は、突然訪れた眩暈に咄嗟に片手をテーブルへと伸ばした。もう片方の手で頭を押さえ、何重にも揺れる視界に眉間を寄せた。

「これは…ックソ…」
「あなたに薬を盛りました。安心して下さい、危険なものではないので」
「…一体、何で…」
「全ては復讐のためなんですよ」

ユーリの声が虎徹の耳に届いた瞬間、彼の意識はブツリと途切れた。
虎徹はその場へ緩やかに崩れ落ち、まるで操り人形のように身を投げ出す。
そして、彼が倒れた拍子にバーナビーの日記が音を立てて床へと落ちた。

「……」

反動で日記が開き、一枚の写真が現れる。
ユーリはその写真に映る人物を忌々しそう拾い上げ、睨み付けた。



時間と共に掠れぼやけた一枚のモノクロ写真。
そこには、まだ悲劇を知らない二人の青年が映っていた。






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