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シザーハンズと愛の行方
バーテンと博士


「よっ……と、」

ガシャン、と音を立てて門を乗り越えた虎徹は、屋敷の外のバーナビーが手入れをしている庭へと侵入を果たした。
虎徹は庭を真っ直ぐ抜けてて屋敷の前まで来ると、ぐるりと外観を周り、裏口を探した。

(…あれか?)

小さな扉を見付けて、虎徹は周囲に誰もいないか確認し、そちらへと向かう。
扉の前に辿りついて、虎徹は錆び付いた扉のドアノブに手を伸ばした。
右に回して引くと錆がパラパラと零れた。扉を開けるさいにギギギと軋む嫌な音が耳に届く。
虎徹は顔を顰めながらも開いた扉に普通に入れそうだな、と呟いた。

首だけ扉の中に突っ込んで覗き込めば、色んなものが置いてある。
どうやら使わなくなったものをここに置いているみたいだ。
一昔ほど前に流行った彫刻や絵画が白い布に覆われ大事そうに仕舞われている。
虎徹はとんでもない値段が付きそうな骨董品たちには一切触れないように両手を上げて、埃まみれの部屋を奥へ進んだ。
そして屋敷内の扉を見付けて虎徹は小走りに向かう。
不意に、足元に何か黒い影が横切り虎徹は驚いて後ずさった。
よくよく暗がりの中を目を細めて見やれば、その正体はねずみで、虎徹はなんだと安堵の息を漏らした。

「こりゃあ、幽霊屋敷だな…」

屋敷内の廊下を歩きながら呟く。
長い時間放置されてボロボロになったカーテンや、煤や埃に塗れた絵画や壺を見て、虎徹は昔はきっと綺麗な屋敷だったんだろうなと目を細めて思った。

「こんなところに住んでたら、病気になっちまうんじゃないか?」

虎徹は屋敷内を博士を捜しながら、崩れそうになっている床に足を取られそうになったり、剥がれかけた壁に下敷きになりそうなったりして本当に人が住んでいるのか心配になった。
しかし、生活感のある部屋へと顔を覗かせると、確かにここに人は住んでるんだな。と、虎徹は納得するしかなかった。

ふと、物音が聞こえて虎徹は立ち止まった。
ねずみかと思ったが人の声が耳へと入り、虎徹は物陰に隠れて相手の姿を確認した。
扉の向こう側から出てきたのはバーナビーだった。
彼は壁に寄り掛かりながら、縺れる足でその場から立ち去って行った。

(バニーちゃん、大丈夫なのか…?)

虎徹は物陰から顔を覗かせてバーナビーの身を案じた。本当は今直ぐにでも彼の後を追いたかったが、今は博士に会うためだとぐっと抑えて消えた背中を見詰めていた。


「おや、あなたは…」

強弱の無い淡々とした声を掛けられて、虎徹はびくりと肩を揺らした。
扉の傍で声が聞こえて、虎徹はそちら側へと視線を向ける。そこには如何にも不健康そうな銀髪の男がこちらを見詰めて立っていた。

「……博士?」
「巷ではそう呼ばれているようで。私はユーリ・ペトロフと申します」
「あ、俺は鏑木・T・虎徹と言います。すみません、その…勝手に上がり込んで…」

頭を掻いて謝罪する虎徹に、ユーリと名乗った男はいいえと首を緩く振り、目を細めて笑った。
イメージとは全く違う物腰の柔らかな博士の姿に、虎徹は安堵の息を零して微笑んだ。


「君が、バーナビー君の言っていたバーテンダーですね」
「え、あ…はい。バニーのやつ、博士に俺のこと話してたんですね」

恥ずかし気に笑うと博士はたまに話し相手になってもらうんですよ、と言った。

「それより、私のことはユーリと呼んで下さい。博士と呼ばれるようなことなど、何もしていませんから」

にこりと笑みを向けられて、虎徹は大きく頷いた。
バーナビーの言っていた雰囲気はそこにはなく、虎徹は肩の力を緩めて緊張を解いた。


「それより、バーナビー君なら体調が悪いと言って部屋へ戻りましたが…約束でもしていたのなら別の日の方がいいかもしれないですよ」
「あ、いえ。博士…じゃなかった。ユーリさんにお話があって、今日は来たんです」
「私に、ですか?」

ユーリは虎徹が自分と話しに来たことに驚いたのか目を瞬きさせた。
虎徹はもし時間があれば、と小声で言うと、彼は時間なら幾らでもありますよ、とあっさり承諾してくれた。

「ここでの立ち話もなんですから、あちらの部屋で」
「あ、はい」

虎徹は頷いて、ユーリに促されたまま進んでいく。
前を歩くユーリの銀色の髪を目で追いながら三つほど扉の前を通り過ぎ、四つ目の扉の前でユーリが立ち止まるのを見て虎徹も立ち止まった。
ドアノブを回し、中へと入るとシンプルな造りの部屋が広がる。
几帳面に揃えられた本と、大きなテーブルにズレがないようきっちりと敷かれたクロス。ただそれだけなのだが、持ち主の性格を表しているんだなと虎徹はそう思った。

「客人なんて来ないものですから、綺麗な部屋ではありませんが」
「いえいえ。そんな気を遣わなくて平気です。十分綺麗な部屋ですよ」
「そうですか」

椅子を引かれてどうぞ座ってくださいと言われ、虎徹は慌てて椅子へと腰を掛けた。
飲み物は珈琲で大丈夫ですという質問に大きく頷いて、ユーリは少し待っていてくださいと部屋を後にした。







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