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シザーハンズと愛の行方
鋏男と博士


嘘をついたのは、きっと今日が初めてだ。

遠ざかる背中を見送ったバーナビーは痛む胸を押さえたかったが、優しく包むそんな掌を持ってはいなかった。
ただ静かに屋敷の外を見詰めるだけ。

バーナビーは昔の記憶をほんの少し覚えていた。
それは美しいものではなく、とても残酷なもので。
バーナビーはその記憶をどうしても真実として認めたくなかった。だから、自分は覚えていないと、虎徹に嘘を吐いたのだ。

しかし、虎徹の言う事件。
彼が心配して、態々バーナビーの所に来たのだから、きっと凶器は鋏なのだろう。
男殺しにきっと自分が関係していることは明らかで。
過去か、もしくは現在か。
きっとバーナビーに何かしら罪を擦り付けたい人物の犯行だろう。
バーナビーは顔を上げて、主であり、博士である男が暮らす屋敷へと視線を向けた。


屋敷の中はとても広く、静かだ。
まるで時間がその場所だけ止まったているかのような錯覚に陥るといつもバーナビーは思う。
昔はさぞ美しかったであろう装飾品の絵画や壺は、今は埃やチリに塗れていて、幽霊屋敷だと噂されても文句の言えない状態だった。
しかし、ここには文句を言う人間はいない。
ここの住民である博士は自分の住む屋敷には興味はないようだし、バーナビーも自分の部屋さえきちんとしてあれば問題ないと考えていた。
客人は、バーナビーがここに住み出してから一度も訪れたことはないし、博士も自分も招くような客人というものを持ってはいなかった。

たった一人。
バーナビーはもし、と考えた。
自分がもし、こんな鋏状の両手ではなく、ちゃんとした手で。
彼の手を引き、彼の背を撫で、彼の頬に触れる事が出来たのなら。
相応しい、人間だったのなら。
何もかも、違っていたのかもしれない。

「…ありえない、」

バーナビーはそんな自分の姿を想像して、馬鹿な考えだと口元を歪めた。

「生きる世界が、違いすぎる」

バーナビーは自分に言い聞かせるよう言葉を吐き出した。
そう、彼と自分の住む世界は光と闇。まるで正反対なのだ。
そこに彼を引き摺り込むことはない。
あってはならないのだ。

「……あなたがもっと臆病な人間だったら、良かったのに」

そうすれば、僕もあなたもきっと何事もなかったかのように自分の世界に帰り、干渉することはないというのに。






「博士、」

コツコツと、金属の手で部屋の扉を叩いてバーナビーは男を呼んだ。
暫く立っても返事はなく、バーナビーがもう一度扉をノックしようと手を上げた瞬間、カチリと鍵の外れる音が聞こえた。
バーナビーはドアノブを回し、博士の部屋へと入った。

部屋の中は相変わらず酷い有様だ。
中へと一歩踏み込むと、薬品の臭いが鼻に突き顔を顰める。
足元には書類や紙屑やらで床が見えない状態になっており、バーナビーはその場に立ち止まり、博士の行方を探した。
鍵を開けたのは彼なのだから近くにはいるだろうが、如何せん部屋の中には物という物が溢れ返っており、中々博士の姿を捉えることは出来ない。
バーナビーは観念して、もう一度博士を呼んだ。
ごそり、と動く気配があって、バーナビーは漸く鈍色に光る銀の髪を視界の中へとおさめた。

「博士、話があるんですが宜しいですか?」
「少し待って下さい、バーナビー君」

博士は書類やら紙屑やらで散らばった床の上を気にすることなく進んで愛用のマグカップに珈琲を注いだ。そして、ツカツカとバーナビーの元へと歩み寄る。
その姿は以前会話したとき(確か部品を渡したときだ)よりもやつれていて、目の下の隈は酷く顔色も青白くなっていた。
どうやったらそこまで体調管理を怠るのか、とバーナビーは心の中で思ったのだが博士はそんなことは全く以て気にしていないようだ。
きっと言っても無意味だろう。

「ここでは気が散るでしょう。他の部屋に行きましょうか」

愛用のマグカップを手に、博士はバーナビーの横をするりと抜けた。
バーナビーは博士の部屋の扉を閉めて、男の細く骨の浮いた背中を追った。






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