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シザーハンズと愛の行方
バーテンと後悔したくないもの



「お前は、そんな手のままで良いのかよ?誰かを傷付けるんじゃないかって、罪悪感を感じたことぐらい、鈍い俺でもわかるんだからな!」
「いいえ、おじさんは相当鈍いですよ」

別に、他の人間が自分の手でどうなったっても構わない。
ただ、一人。その一人だけは別だ。
虎徹にはきっとわからないだろう。いや、きっとわからなくていいのだとバーナビーはそう思った。

「…なぁ、治してもらえよ。そうしたら二度とあんな目にも噂にも晒されないんだ。事件にだって巻き込まれない」
「事件…?」

事件という単語にピクリと肩を揺らしたバーナビーに、虎徹は肩を竦めてああ、と頷いた。

「鋏を持った男が、人を殺したって事件だ」
「…誰を、」
「……」
「殺されたのは誰ですか?特徴は?どうやって殺されたんですか?」
「…詳しくは、知らねぇよ。俺だって馴染みに聞いただけだ」

虎徹は富豪の男が切り刻まれて殺されたことはバーナビーには言わなかった。
教えてしまえば何かが起こってしまうと、虎徹は無意識にそう感じたからだった。

虎徹の台詞にそうですか、とバーナビーは答えた。
彼の鋭い視線が、虎徹の心の内を探ろうと動いたが、虎徹は表情に出さないよう彼を見詰めた。
が、途中で探るのを止めて、彼は溜息を吐き出し首を緩く左右に振った。

「…おじさん、今日はもう帰ってください」
「俺にはまだ話が…!」
「お願いです、おじさん」

反論を許さない強い口調で言われて、虎徹は口を閉ざした。
鋏状の手がゆるりと門の方へと伸び、帰れと動く。
虎徹はそんなバーナビーの姿を見て、キッと睨みつけた。

「そんな顔しても怖くありませんよ、おじさん」
「俺は、お前が心配で言ってるんだぞ!」
「心配してくれてありがとうございます。でも僕は大丈夫ですから」
「……」
「何かあったら必ずあなたに言います。だから」

今日はもう帰って下さい。

「……お前は、ずりぃよ」

肩を落として、渋々と門へ向かう虎徹にバーナビーは暫く此処には来ないで下さい、と言った。
虎徹はその言葉を無視して、門の外へと出ていく。
バーナビーは彼の背中を見詰めたまま、門の鍵を閉めた。

「おじさん、拗ねてるんですか?」
「別に拗ねてなんかないさ。ただ、」
「?」
「俺はそんなに頼りないかと思ってな」

振り返らないまま歩き出した虎徹の言葉に、バーナビーは何も言わなかった。
ただ無言で彼の背中を目で追った。
丸い背中が小さくなってどんどん掠れていく。
バーナビーは以前にも同じ光景を見たな、と思った。
そのときはまだ、変なおじさんでしか思ってはいなかったのに。

「あなたを、頼りない人間だとは思ってはいませんよ」

バーナビーはポツリと呟いた。
しかし、その言葉は、虎徹には聞こえなかった。












(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……)




記憶の中で繰り返される台詞に、虎徹は歩みをぴたりと足を止めて振り返った。

あの日、あの雪の日。
彼は死んだんだった、と思い出した。


虎徹を血塗れにした凶器を、彼は自らの首に突き立てて。
謝罪を繰り返したまま自害する姿が、この目から焼き付いて離れなかった。
駄目だ、死ぬな、と声にならない声で何度も叫んで。

それでも彼は死んでしまった。

「俺の、せいだ」

虎徹はそう思った。自分が守れなかったせいだと、切実に。

病院で目覚めて、暴れた。
アントニオを殴って、ネイサンを押しやって、虎徹は意識があれば彼を殺してしまった事実に、後悔に、傷塗れの身体で暴れた。
鎮静剤で無理やり落ち着かせて、薬で意識を混濁させて、いつの間にか無かったことになっていた、青年の死。
ボタボタと血を流す青年は、いつの間にかエメラルドグリーンの瞳にすり替わっていた。

鋏状の手が真っ赤に染まり、すみません、すみません、と何度も謝るバーナビーの姿が脳内で具現化され、虎徹はぶるりと身を震わせた。

バーナビーを、助けたい。守りたい。救いたい。
ぐっと拳を作って、虎徹は息を呑み込んだ。
彼を殺してしまった後悔も償いも心のどこかにあるかもしれない。
綺麗ごとだと笑われ蔑まれるかもしれない。
それでも。
今、自分がすべきことは何か、と頭の中で考える。

「俺は、あいつを守りたい」

お節介だと、罵られても構わない。
虎徹はただ、もう二度と後悔はしたくないと、心の中で呟いて。
そして屋敷へと踵を返した。








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