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シザーハンズと愛の行方
バーテンとシザーハンズ



「じ、ん…おじ…さん、…おじさん!」
「ふへ?」

おじさん、と呼ばれて顔を上げると、エメラルドグリーンの瞳とぶつかって虎徹は思わず間抜けな声を上げた。
バーナビーが怪訝な顔をしているのを見て虎徹は眉を八の字にして、ごめんごめんと笑って謝った。
歳ですか、とバーナビーが溜息交じりで吐き出すと、虎徹は首を振ってその言葉を否定した。

「おじさんが歳なのは仕方ないですね。それより、今日はどうしたんですか?仕事は?」
「おいおいバニーちゃんそれは酷ぇよ。あー…と、…仕事は、その…もしかしたらクビになるかもしれない」
「……何をやったんですか」

ハハハ、と渇いた笑いを浮かべる虎徹を見て、バーナビーは呆れた顔をした。

「ネイサンを怒らせるほどの失敗でもしたんですか?」
「んー…、まぁ、そんなとこ」

虎徹はその場に座り込んで屋敷を眺めた。
バーナビーはその横で木の手入れをしている。
バチンバチン、と規則的な音が心地良くて虎徹は頬を緩めた。

「……なぁ、」

ポツリと虎徹がバーナビーに声を掛ける。
バーナビーは作業する手を止めないまま何ですか、と尋ねた。

「バニーちゃんのこと、知りたいっていったら怒る?」

切る作業を続けたまま、バーナビーは虎徹を横目で見遣った。

「…変なことを聞くんですね」

動揺が少し、声の中に含まれていて、不器用なやつだな、と虎徹は笑った。
自分も人のことは言えないか、と心の中で思って、ごろりとその場に寝転がった。

「だって、バニーちゃんはそういうの嫌いだろ?」

ある程度手入れを終え満足したところで、バーナビーは虎徹の隣に腰を下ろした。
虎徹は寝転がったままバーナビーの姿を見上げて、太陽の光できらきらと反射する彼の髪に目を細めた。

「……嫌い、というより、興味がなかったんですよ。
…でも今は、興味がないというよりも苦手の方が合っていますけど…」

最後の方は聞き取れなくて、虎徹は聞き直そうと起き上がった。
バーナビーは空を仰ぎ、風で揺らめく木々の間から射す木漏れ日に、虎徹と同じように瞳を細めた。

「あなたが、初めてなんです」
「…俺が?」
「ええ。ズカズカと僕の心の中に踏み込んで、お節介を焼いたのはあなたが初めてです」
「え!?そうなの?」

虎徹は自分以外にもバーナビーに近付いた人間がいると思っていた。だがそれは、どうやら違ったようだ。
では彼はずっと一人で孤独の中で生きてきたのだろうか。

バーナビーは虎徹が考えていることが分かったのか、自分の手元へと視線を落とした。


「…実は、この手になる前の記憶はないんですよ」
「記憶、が?」

バーナビーは頷いて、鋏状の両の手を擦り合わせた。
金属の独特な嫌な音が耳に残り、身体に伝わる。

「目を覚ましたときにはこの屋敷に居ました」

“お目覚めですか、バーナビー君”
くすんだ銀色が視界に入ってきて、男の姿を捉えた。
男は感情の無い声でバーナビーと呼んで、それが自分の名前なんだと無意識にそう理解した。

「自分が一体何者なのか、どうして此処にいるのか判りませんでした。でも、僕はそんなことどうでもいいと思ったんです」
「どうしてだ?」
「……どうしてなんでしょうね?」

おいおい自分のことだろ、と虎徹に言われて、バーナビーはそうですねと思考を巡らせた。

「きっと、何もかも嫌になったんでしょう。自分という存在が嫌になって、どうしようもなくて、それで」
(…それで、僕は、)
「両手を鋏にしてもらった、てか?」

バーナビーは虎徹の言葉に不意を突かれて、思わず噴き出した。
両手を鋏にしてもらったなんて、それだけ聞けばなんて間抜けなのだろう。

「お、おい…。なんだよ、急に笑って…」
「おじさんが悪いんですよ。変な言い方するから」
「…あー、確かに」

両手を鋏にしてもらいました。は、間抜けだなぁと漏らして、虎徹は頬を掻いた。
バーナビーはそんな虎徹を見詰めて、笑って緩んだ口元をきゅっと引き締めた。

「まぁ、手を鋏にしたのは博士の独断だとは思いますけど」

自分の意思ではない筈だとバーナビーが言えば、虎徹はそうだ、と思い出したような声を上げて立ち上がった。

「そうだよ!博士だよ」
「……は?」
「すっかり忘れてた」

虎徹は一度大きく伸びをして、屋敷の方へと歩き出した。
バーナビーは慌てて立ち上がり、虎徹の前へと先回りして立ち止まった。

「急に、どうしたんですか?」
「今日はお前と、博士にも会いに来たんだよ」

そう言って横を通ろうとする虎徹に、バーナビーは首を左右に振って行き手を阻んだ。

「…会うくらい別にいいだろ?」
「駄目です」
「何でだよ。バニーのその手を治してくれって、頼みたいだけなんだよ」
「それは、僕自身の問題です。あなたが首を突っ込む話ではないしょう」

バーナビーに冷たく言い放たれ、虎徹は進む足をぴたりと止めた。





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