シザーハンズと愛の行方
鋏男とバーテンダー
バーナビーがシザーハンズで、虎徹がバーテンダーというお話です。
シザーハンズと愛の行方
この鋏状の手を不自由だと感じた事はない。
人と違う両の手を、他人は恐れるがバーナビーは人に興味がなかった。
興味があったのは目の前に青々と茂る緑のみで、あちらこちらに伸びきった草木を自らの両手で整えていくことが自分の仕事だった。
バーナビーを作った男は巷では博士と呼ばれている。
銀の髪と、青白い顔をしていていつも自室へと引き籠っている。変人と言われればそうかもしれないとバーナビーはそう思った。
お陰で誰もこの大きな屋敷には出入りしない。だからこんなにも雑草が生い茂っているのだろう。
町から少し離れた場所にある屋敷なら尚更のことだ。
そんな事を考えながら、今日も雑草の処理をしていると、屋敷の前で派手に転ぶ人間を視界に捉えた。
引っ繰り返した紙袋に大量のオレンジ色が飛び出る。
ころころと転がった一つがバーナビーの目の前で止まって、それを無言で見詰めた。
「すみませーん!それとってもらって良いですか」
低い掠れた声が耳に届いて、オレンジの主を見遣ると、男は散らばったオレンジを掻き集めているようだった。
「……」
もう一度目の前のオレンジに視線を落とし、刃物の手でそっと拾い上げた。
慎重に拾い上げれば、他のオレンジを全て拾い上げた男が此方へと向かって来る。
緑を基調としたベストとリボン、ウエストエプロンからして町のバーテンダーか何かだろう。
「どうもどうも!」
ありがとうございます、と男がバーナビーからオレンジを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、バチンと何かが切れた音がした。
それはいつも自分が切る草木ではない。
「あああああーっ!」
「……すみません、力加減を誤ってしまったようです」
真っ二つに切れたオレンジはバーナビーの鋏状の手から男の手へと落ちた。
男は二つになったオレンジを片手で器用にキャッチする。
「まー…、一つくらい問題ないだろ。ほい」
「?」
「半分、やるよ」
そう言って男は半分になったオレンジを差し出す。
バーナビーはそれを今度こそ鋏状になった手で切らないように慎重に受け取り、オレンジと男を交互に見遣った。
「俺が選んだオレンジだから、悪くはないと思うぜ?」
そう言ってオレンジを齧る男は甘くて上手いと笑っている。
そんな姿にバーナビーも同じようにオレンジを齧った。
口内に甘酸っぱい爽やかな味が広がり、美味しいと素直に思った。
「俺は虎徹、この先の町の知り合いのバーで働いてるんだ。お前の名前は?」
「バーナビーです」
「バーナビー、バーナビー…。バニーちゃんだな!」
「…そんな可愛らしいものに見えますか、僕が?」
恐がらせるという意味は特になかったが、バーナビーは両の手を見せた。
ギラリと鈍色に光る鋏状の手に虎徹と名乗った男は目をぱちくりとさせた。
「さっきも思ったけど器用な手だよな、その手」
「はあ?器用…ですか?」
「ほら、あの木。バニーちゃんが綺麗に整えたんだろ?」
「僕は、バーナビーです」
「ちょっ、話逸らすなよ。俺さ、バニーちゃんが木を切ってるとこ見てたんだよな」
まぁそれで転んだわけなんだけどさ。と笑う虎徹に、バーナビーがはぁ、と声を漏らした。
「すげーよな。俺には真似出来ないわ」
「オレンジをぶちまけるようなおじさんには難しいでしょうね。それに、僕にはこの仕事しかないので」
そう言ってバーナビーは鬱蒼と茂る木を見詰めた。
「それより、おじさん。そんなに長居していて大丈夫なんですか?」
「へ……ああっ!急ぎだったのすっかり忘れてたわ」
オレンジの紙袋を抱え治して虎徹は町に向かって走り出した。
バーナビーはそれを横目で見詰めて、また転びますよと呟いた。
「じゃ!またなバニーちゃん!」
紙袋を器用に片手で持ち、虎徹はバーナビーに向かって手を振った。
バーナビーは手を振ることはしなかった。
ただ、遠くなっていく虎徹の後ろ姿を見つめていた。
「僕の手を見て驚かない人間がいるなんて、変なおじさんだ」
頬を緩めてバーナビーは呟き、日課となった木の手入れへと戻るべく踵を返した。
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