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短編
劣等感と信頼の話

ユーリと虎徹が若い頃ヒーローでバディの話。





「あ……」

洗面台に立って、鋏で髪を切る。
癖のある髪の毛はいつだって自分の思い通りにならなくて、洗面台の上に短く切り落とされる。
くるりと巻いた毛は眉よりもさらに上でくしゃくしゃと乱れて、ユーリは何度やっても慣れない散髪にため息を吐き出すしかなかった。

「しまった……」

額が出るのは余り好きではない。まるで、自分の内面を見られているような錯覚に陥るし、なんといっても自分にはとても不似合いだ。
ユーリは洗面所に広がった銀色の髪を見下ろして、髪を切る前まで時間が戻ればいいのにと後悔した。しかし、時間は元には戻らないから、ユーリは癖のある髪を一生懸命指先で伸ばすしかない。

「……駄目だ」

自分にコンプレックスのあるユーリはポツリと呟くと肩を竦めて、時を刻み続ける時計を恨めしげに睨み付けた。
今日はバディである彼と自分をランキング同一一位で祝うパーティがあった。遅刻常習犯の彼は、今日は自分と共に会場へ向かう約束をしてあるから、もうすぐここにくるだろう。
ユーリはどうしようかと鏡越しに自分の髪を見た。出来れば欠席したい。こんなみっともない姿を晒せるほどユーリは自分の姿にも性格にも自信がなかった。

「ユーリ。おい、ユーリ?」

玄関先で大きな物音が聞こえてユーリはびくりと肩を震わせた。
聞き慣れた声色は彼のもので、ユーリは返事をしようかどうか迷う。しかし、迷う時間などなく、彼はいつもの調子でユーリの姿を捜し、後ろ姿のユーリにここにいたのかと声をかけた。

「こ、虎徹……」
「ん?なんだよ」

前髪を片手で隠したままおろおろと動くユーリに、彼、虎徹は訝しげな表情を浮かべて歩み寄った。ユーリを逃がさないように壁へと追いつめて、鼻が当たりそうなほど間近に迫る。

「か、顔が近い!」
「何おどおどしてんだよ?」

額に宛てた手が気になった虎徹は、ユーリの色白な腕を掴んだ。ユーリの髪から離れた手は彼の熱い手のひらに強く握りしめられて、ユーリは力強い彼の手に抵抗しないまま彼の姿を忌々しく見遣った。

「髪、切ったのか?」
「あ、ああ。でも、失敗して。その、このままじゃ外に出られないから……」

虎徹はユーリの言葉に何で、と疑問符が頭上に浮かべた。

「……こんな、みっともない恰好でパーティなんて出られない。今日は虎徹だけで行ってくれないか?」

空いた方の手でもう一度額を覆って、虎徹から逃れようとユーリは彼の身体を押しやった。しかし、成長期が早かった虎徹の身体は動かず、細いユーリの身体では彼を少し揺らすのが限度だった。

「だから、もう離してくれ」
「嫌だ」
「虎徹」
「だって、似合ってるのにさ。カッコいいヒーローが行かない理由なんてないだろ?」

虎徹はもう片方の手で彼の手を奪った。両の手の自由をなくしたユーリは焦って暴れるが、虎徹はそんなもの気にも留めない。

「俺は、お前のその髪型好きだけどな」

ちゅ。
まるで天使の羽のような柔らかなバードキスが、ユーリの額に降り注ぐ。ユーリはそんな虎徹の動作に耳まで真っ赤にさせて、彼の姿を唖然と見つめた。

「ユーリはもっと自信持てよな。お前はカッコいいよ、俺が保証するからさ」
「き、君の保証は……宛てにならない」
「なんだと!」

今度こそユーリは彼の腕から脱出を果たし、自室へと逃げ込んだ。扉を閉めると、虎徹が自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

「……わかってる!虎徹の言葉を信じる、準備するから……」
待って。は声にならなかった。
ユーリはズルズルとその場に座り込んで短い髪を乱暴に梳き上げた。
彼は自分を、自分以上に認めて信じてくれている。それがとても嬉しくて声にならなかった。

「着替えんの、待ってるからな!早くしろよ」

遠くなっていく足音にほっと安堵の息を吐いて、ユーリは自室の鏡をぼんやりと眺めた。そこには耳まで真っ赤になった自分の姿が写っていて、どこがカッコいいのだろうかと思考を巡らせてみる。

「……」

いや、そうではない。ユーリは小さく首を振ってもう一度自分を見つめてみる。自分は劣等感の固まりだと、いつもその姿から、性格から逃げていた。まともに取り合って、真剣に考えていたのは自分ではなく、いつだって虎徹の方だったと思う。

「私を、信じている」

虎徹が信じてくれている。好きだといってくれる。
そんな彼に自分が嫌だというのは申し訳ない。まるで、彼を突き放しているようではないか。
ユーリは冷えた手のひらで自分の頬を包み込んだ。火照った顔に冷たい両手が心地よい。

「そうだ……いつまでも、このままでは駄目だ。私は、虎徹のバディなんだ」

ユーリは自分に言い聞かせるように呟いて、時計を見遣った。時間にはまだ余裕がある。ちゃんと、パーティには彼と一緒に、主役なのだから出席しなければ。
ユーリはもう一度息を吐き出して、立ち上がった。ハンガーに吊された灰色のスーツを手に取る。これは虎徹が似合うといってくれた、スーツだった。
少し奇抜なデザインのネクタイを見つめて、ユーリは自分を待っている虎徹の姿を浮かべた。そして、初めてそのスーツに袖を通す。
まだ、自分に自信がない、けれど。彼の信じる自分を、少しでも信じたい好きになりたいとユーリは鏡越しの自分に笑いかけ、胸に誓った。








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