短編 幼少月虎の話 「おい、大丈夫か?」 痛みと苦しみに打ち震えていた銀髪の少年を金色の瞳が捉える。 差し伸べられた手は太陽の光をよく浴びた健康的な色で、少年の色白の手を優しく、温かく包み込んだ。 「…あっ……」 銀髪の少年は、腕を掴んだ少年に怯えてぶるりと震え戸惑いの声を上げる。 しかし少年はその声に迷うことなく彼の細い体を引き上げた。 「おい、お前!」 少年たちの後ろで気の強そうな声が上がる。 銀の髪の少年はその声に小さく身を縮こませ、金の瞳の少年はその様子に声の方へと鋭い眼光を向けた。 彼が目を向けた場所には少年が三人。声を張り上げたのは真ん中の少年のようで、ふてぶてしい笑みを向けている。 「邪魔しやがって!お前も同じ目に遭わせて欲しいのかっ?」 「そうだそうだ!痛い目に遭わせてやる!」 ふてぶてしい少年の隣の、歳の割に身体の大きな少年が睨みを効かせて口を叩く。その少年の言葉に便乗して狡賢そうな少年が嫌味たらしく言葉を続けた。 しかし金の瞳の少年はそんな相手の言葉に怯むことはなく、銀髪の少年に大丈夫だと告げて強く手を握り締めると、真っ直ぐ彼らを見つめて強く言い放った。 「お前らこそ!こんなことして恥ずかしいって思わないのか?」 不意に金の瞳の少年の周りの空気が振動する。 銀の少年は目の前の少年の異変にただ目を丸くするだけだった。 青い光。 それはこの世界を守る、ヒーローと呼ばれた者たちと同じ光であり。そして。 「ば、化け物!!!」 異端とも呼べる光だった。 「近寄るな!この化け物!」 少年たちが忌々しく優しい青を見つめて、そう大声で叫んだ。 恐怖の表情を顔に張り付けて、青く光る少年の姿に恐れ逃げていく。 少年はそんな苛めっ子たちの姿を気に止めなかった。 いや本当は苦しみを心の中に沈めていたかもしれない。しかし、今少年の後ろにいる銀の髪の少年には解り得ることはなかった。 銀髪の少年は逃げ去った少年たちと、目の前にいる能力者の少年を交互に見遣った。 どこが化け物だというのだと、銀髪の少年は思った。 優しく光る淡い青を身に纏う少年のどこが化け物なのだと。お前たちの方がよっぽど化け物だと。そう心の中で。 「…あっ!」 青の光を身に纏う少年は銀髪の少年の視線に気付いたのか、声を上げて少年の色素の薄い手を放して数歩下がった。ふ、と能力が失われて金色の瞳が覗く。 その姿に銀髪の少年は青い瞳をまあるくさせて、金の瞳の少年を呆然と見遣った。 「えっと…これでもうあいつらは寄ってこないと思うから!」 またやってしまった。そんな表情を浮かべた少年は、視線を泳がせたまま小さく笑った。 銀髪の少年は先程まで怯えていたのが嘘のように少年の離れていく手を追って、握り返した。 「あ、の、その……ありが、とう…!」 「へ?あ、そんな礼なんて要らないって!」 「ううん…。君、は凄いね…」 銀の髪の少年の言葉に、金の瞳の少年は照れたように頭を掻く。 困ったような。しかし照れ臭そうな表情の少年に銀髪の少年は純粋に彼の存在に好意を持った。 「き、君の…その、名前は?僕はユーリ」 「俺は虎徹って言うんだ」 「…こてつ、虎徹、さん」 「さんはやめろよ、虎徹でいいよ」 何度も金の瞳の少年、虎徹の名前を繰り返して覚えるユーリに、虎徹はよろしくなと先程彼に握り返された手を緩く振った。 「こ、こちらこそ。…本当に…ありがとう…」 「気にすんなって!…しっかしさ、あいつら三人でお前一人よってたかってさ、卑怯だとか思わないのかなぁ?」 「それほど僕が気に入らないんだと、思う…」 「はぁ?そんなことでこんなことすんのかよ」 虎徹は眉を寄せて嫌そうな顔をする。ユーリは目尻を緩めて苦笑し、小さく頷いた。 「…人とは違うそんな僕を、みんなあまり良いように思ってないみたいなんだ…」 「人とは違う?」 「根暗で陰湿で、友達なんていなくて。勉強ばっかりで…パパによく言われるよ。強くなれって…ヒーローみたいに…って。でも、僕には出来ないよ」 自分に自信のないユーリは弱々しく首を左右に振った。虎徹はそんなユーリの姿を見て、いいや違うと高らかにそう告げた。 「出来ないことなんかないさ!ユーリにはユーリのいいところがあるさ!俺は馬鹿だから勉強出来ないし、すぐに手ぇ出ちまうし…。あの時だって本当は手が出ちまったかもしれない。それをその…ユーリの手を握ってたことで抑えてたって…いう、か…」 最後は言葉を口の中でくぐもらせて言った虎徹に、ユーリは虎徹の青い光を思い出した。 柔らかな、まるで全てを包み込む優しい青をユーリは何度もテレビで見ている。そう、それはヒーローたちが身に纏うものと一緒、ネクストという能力だ。 「虎徹、はネクストなんだね。さっきの青い光をヒーローTVで観たことがあるよ」 「ああ。俺の能力は、すげー強くなるんだ!5分だけなんだけどな。ハンドレットパワーっつうんだぜ」 「ふふ。虎徹はヒーローみたいだね」 「ヒーローみたいじゃなくてさ。俺、ヒーローになりたいんだ。ほら、レジェンドっているだろ?いつかあの人みたいになって、あの人と一緒に活躍したいんだ」 ニコニコと夢を語る虎徹を、ユーリは羨ましげに見つめた。ユーリも父の言う強き者に、ヒーローまでとはいかないが正義感のある人間になりたいと、心のどこかでそう思っている。しかし、その思いだけではなれないということもユーリは十分承知している。 それでも虎徹を見て、彼はきっとその夢を叶えるだろうとそう思った。たった短期間の出会いでそう思えるのだから彼はとても凄い人間なのだと。 ユーリは眩しげに虎徹を見つめた。自分も彼のようになりたい。彼のような真っ直ぐな人間に。 「お前もなれるって!」 「え?」 「強くなりたいんだろ?お前なら絶対なれる。俺はそう思うけどな!」 「き、君は、なれるよ!で、でも僕には無理だ。何も出来ないよ」 「何言ってんだよ!ユーリにはユーリの良いところがあるだろ。今日初めてお前と会ったけど、俺はお前がすげー奴だって思うんだ」 「で、でも…」 「ユーリが自分に自信がないって言うならさ、俺がお前の友達になってお前と一緒にヒーローを目指す!な?良い案だろ」 「虎徹、君ってめちゃくちゃだ…でも…」 君とは友達になりたいって思ったのは君だけじゃないよ。 「はは!ユーリとはそうしそうあいだな!」 「そ、それ!意味が違うよ虎徹!」 「へ?そうなの?」 「うん」 「でもさ、俺とユーリの気持ちに違いなんてないだろ?」 虎徹はずっと握り締められた手をもう一度強く握り締めた。汗ばんで濡れた手は、それでも心強く温かい。 「君が、僕に自信を付けさせるっていうなら、僕は君に勉強を教えるよ虎徹」 その手が離れなければいいと、その日初めて出会った僕たちは強く願う。 「えー…勘弁してくれよ…」 僕は君に出会えて幸せだ。君も僕に出会えて幸せだとそう思ってくれるかな。そうだといいな。 「一緒にヒーローやるって言ったのは君だよ、虎徹」 だけどこの先、君に謝らなくちゃならないことが沢山あるんだ。でも、君が理想の道を駆け上がるために、僕が出来ることはひた隠すこと。ごめん。 「そ、そうだな!ってユーリお前、自信ない奴の言う台詞じゃないだろさっきの!」 ごめん、ごめんね、虎徹。 ありがとう僕の友達になってくれて。 「君が友達って言ってくれたから少し自信が沸いてきたんだよ」 「虎徹…」 「ユーリ、なんで…お前が?ルナティックなんだ?どうしてだよ」 「すまない。しかし私にはこうする他なかったのだ。やはり、私にはお前の言う正義には到底なり得なかったということだ」 「……」 「私は、君にずっと隠していた。私が自分の手で父を殺めたことも、そんな父がレジェンドで、そして父は最低な人間だったと。こんなことを君に言って嫌われるのが怖かったのだ。幼心に必死だったんだ」 「ゆーり…」 「だが、私は私の正義を貫く。例えレジェンドだろうが罪を犯したには変わりない。私は、裁く。この世界に蠢く悪を」 「お前と、戦わないといけないのか?なあ!?お前と戦わなきゃ…駄目なのかっ!」 「ああ。私と君の正義は遠い昔に違ってしまったのだよ。ワイルドタイガー」 振りあげた手のひらから煌々と輝く蒼い焔を宿らせる。 それはあの日虎徹とユーリが出会った日に見た青にとても近くて、こんなにも遠い。 (すまない、すまない虎徹) ユーリはもうルナティックとして彼に言葉を掛けなかった。 ただ虎徹に、ワイルドタイガーに向けて、凍てついた蒼を纏う業火の矢を放つ。 それが彼の胸に突き刺さらずに私の身を貫いてくれれば良いのに、と願うことは浅はかだろうか。 (虎徹、虎徹、私はずっと君のように生きたかった…) 蒼に包まれた世界を私は嬉しくも悲しくも忌々しくも、見つめていた。 ねえ、虎徹。 僕は本当は君と、君の理想のヒーローとしてずっと一緒に居たかった。 |