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短編
ただ、平穏を望んだ2



あなたとの約束が夢のようで僕はとても嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、早くこの任務を終わらせたかった。
それなのにどうしてこんな日に限って作戦は難攻を示し、上手にいかないのだろう。
どうして彼は血に塗れているんだろう?

ああ。どうか。
嘘だと言って下さい。
お願いです、誰か嘘、だと。

「嘘なんかじゃない、バーナビー」

白衣の男の低い声が、僕の耳に届いて僕は狼狽した。
どう、し、て?

「君は有能で、我々としては必要不可欠な存在だ。それがよりによってこんな役立たずの人間に唆されて、」

同じ隊服に身を包んだ人間たちに囲まれる僕と、僕に身体を抱かれる血に塗れた虎徹さん。
応援が来たと僕に声を掛けた彼の胸を一発、誰のものともわからない銀の銃弾が貫いて、僕の背後に立っていた彼は崩れ落ちた。
咄嗟に僕は振り返って彼の背を抱きしめる。
微かに香る彼独特の甘い匂いと、生きた肉の焦げる嫌な臭いに僕は唇を歪めて、憎悪の眼差しで声の主を見遣った。
僕に殺戮を教えた白衣の男。
忘れなどしない、マーベリックという。
僕の育ての親であり、恩人だった。

沢山の眼差しと、虎徹さんの荒い息使いだけが妙に静かな世界に響く。
いや、静かなんかじゃない。周囲は爆音やバケモノの声で充満していてとても五月蠅い。
でもそんな騒音は僕の耳には届かなかった。
熱い体温の彼を僕の身体へと引き寄せて、ドクドクと悲鳴を上げる心臓にどうすればいいのかわからずに混乱して、ただ目の前にいる男を睨み付けた。
男はそんな僕を嘲笑っている。

「お前の暴走を恐れて監視役に選んだが…やはり要らなかったようだな」
「どうして…どうして彼を…!?」
「ふむ。彼がお前を人間としてまともな生活を送らせてほしいなんて言うからだ」

だから、始末するためにお前たちにこの偽りの任務を言い渡し、この場所へと導いたのだ。
男の淡々とした声に僕は目から温かい何かが零れ落ちた。
熱い。燃えるような熱さが頬を伝う。

「ほう、涙を流すなんて人間のようだなバーナビー。しかし、所詮お前はお前が殺したバケモノと同じだ。
私たちが造った、な」
「…さな、い」

赦さない。
ギリリと歯を剥きだして、僕は目の前が真っ赤に染まる感覚に身を震わせた。
ドロドロとした感情が胸を焼く。
憎悪が背筋を這い上がり、心は熱くて仕方がないのに身体が芯まで冷えるようだ。

「ほう、赦さないか。造ってもらい育ててもらった恩人を、赦さないとはね…」
「僕は人として、虎徹さんと生きる…あなたの駒にはならない」

僕は瞬時に虎徹さんを肩に抱え直してサバイバルナイフを引き抜いた。
動いた僕に反応して周囲に居た人間は一斉に射撃してくる。
しかしそんなもの特殊な訓練を受けたバケモノの僕に掠りもしない。
僕はまるでスローモーションのように動く奴らの首や腕、足を斬りつけて、そして最後に白衣の男の首へと僕はナイフを突き立てた。
しかし。そのナイフは男の元へと突き刺さる前に綺麗に二つに折られてしまった。

「私もね、君には及ばないが特殊な能力を持っていてね」

男の指先が僕の腕を掠めて、僕は彼を抱えたまま吹き飛ばされた。
木々に思い切りぶつかった僕は耳元でザァザァと流れ落ちる水の音を聞いて、咄嗟に背後を確認し、地面に膝を付いた。
ぐったりと凭れ掛る虎徹さんを庇ってまともにダメージを食らった僕の身体はじわじわと痛みを訴え、僕は生まれて初めて唇から血を流した。

「君とは違って、特化型だから中々攻撃が安定しないんだ…大丈夫かね?バーナビー」

男の近付く足音が危険信号のように頭の中で鳴り響く。
まだ、目の前に男の姿はないが、それも時間の問題だった。
僕は身体をぐっと伸ばして、彼の頭を掬い上げた。
青白い頬に血の気がなく、彼の手はだらしなく揺れた。
僕は一度、彼の生死を確認するように彼の胸へと耳を寄せた。
先程とは打って変わって弱々しい心音に僕は目を伏せた。

「こてつさん、虎徹さん…好きです、好きです」

だからまだ。
あなたに生きてて欲しい。

僕は血の付いたままの唇で、虎徹さんの薄い唇にキスを送った。
初めてのキスが血の味だなんてロマンチックじゃないときっと彼は文句を言うかもしれない。
それでも。
今ここでしなければならないと後悔するとそう思った。
僕は気絶した彼に不器用な笑みを向けて、そっと彼の身体を自分の身体から引き剥がした。
名残惜しそうに僕は彼の頬を一度撫でて、そして。
僕は小さな希望を胸に彼を水飛沫の上がる滝へと突き落とした。




こてつさん、虎徹さん…好きです、好きです。
だからどうか死なないで。


彼の耳に僕の声は届いただろうか。










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