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短編
ただ、平穏を望んだ1


人体実験によって生まれながらにして特殊なバニーと、軍人上がりの虎徹、という設定。








ドロドロとした感情が胸の中で暴れまわって熱い。
それなのに僕の身体は芯まで冷えていてガタガタと震えていた。


ただ、平穏を望んだ


この作戦が終わったら僕たちはこの悪夢から解放されると信じていた。
こんな。いつ死ぬかもわからないバケモノたちが蠢く闇の中、息を潜めて生きるよりも、人として退屈かもしれない、けれども当たり前の日常を生きた方が良いんだと唯一パートナーだった彼はそう言った。
彼は、人であったモノたちを悲しそうに見詰めて。
そして、僕に平和で満ち足りた世界を知って欲しいんだと小さく笑って。
お揃いで買ったリストバンドを掲げて、彼は、僕を見上げたんだ。

僕は両親を知らない。いや、両親だけではない、様々なことを知らない。
どうして生きているかも、どうしてここで血に塗れているのかも知らなかった。
僕は、何も知らなかった。
けれど生まれて目が覚めたとき、液体の入った培養器の中に沈められた身体を、沢山の白衣の男たちに囲まれていたのは今でも忘れはしない。
僕は普通ではなかった。
白衣の男たちは僕のことを成功者、と呼んでいた。しかし実際に僕という存在は異常だった。
しかし僕は何も知らない無知な存在だったから、彼らが僕に与えた殺戮が異常なことだとは思わなかったし、そんなこと全く以て気付かなかった。
気付いていたら少しは何か変わっていたのかもしれない。けれど。
僕は本当に何も知らなかったんだ。
僕は成功者として沢山の知識を得た。それは人の殺し方だとかバケモノとの戦い方だとか、武器の使い方だとか地の利が有利かどうかだとか。
そうして僕が作戦や任務で功績を収めれば収めるほど奴らが僕を崇め讃え、そして同時に恐怖の対象として僕の姿を見詰めていた。

そんなときだった。
僕の前に彼は現れた。
僕の知るバケモノや白衣の男たちとは違う、温かな印象を与える人物だった。
軍人上がりだった彼はとある理由でバケモノを相手にする僕の居る特殊部隊に移動し、僕のパートナーとして選ばれた。
深い闇色の髪と不思議な形をした髭と、僕の頭の中にある語彙では例えようのない金色の瞳がキラキラしてとても眩しいと思った。
彼は虎徹と言った。
虎徹さんは僕に作戦や任務以外に色々なことを教えてくれた。
白衣の男たちが僕に教えたものとはまるで違う、普通と呼ばれるものだ。
美味しい食べ物や酒。面白いゲームや人気のファッション。
お前にはこれが似合うと買ってくれた赤いリストバンドは彼と色違いのお揃いで、それを身に付けたときの何とも言えないむず痒い感覚が胸の中で起こって僕の心を戸惑わせた。
不思議だった。
彼はいつも僕に笑いかけ、任務中でも外でも関係なく僕を心配し、成功すれば喜んで、僕の色褪せた金の髪を撫でてくれた。
その手が少し乱暴にけれども痛みを感じさせない程度に髪を掻き混ぜて、癖のある髪が更に鳥の巣のようにぐじゃぐしゃと跳ねたけれど、僕はその行為が嫌ではなかった。寧ろ、止めてほしくはないと思った。
この感情を彼に尋ねれば、彼は目を丸くして驚き、そして少し頬を赤らめて好きって言うんだと教えてくれた。
好き。
僕は声にして、彼に言ってみた。
好き、好き。あなたが好きです。
彼は僕のその言葉を聞いて擽ったそうに笑い、俺もだよ。と僕の色素の薄い骨張った手を握り締めてくれた。
ずっとずっと彼と一緒に居たい。
そう思って僕は僕のために必死に普通を勉強したんだ。
彼に嫌われないようにと鏡の前で笑う練習をする。
鏡越しにそれを見た彼は僕の姿に吹き出して、そんな姿に僕は戸惑って立ち尽くして。
そうしたら彼はお前はちゃんと笑えてるからって僕の頬を撫でて、僕は頬を緩めたんだ。
唇が自然と上がって、目尻が下がる。
鏡に映る僕は少しだけれど、ちゃんと笑みを作っていた。

ねぇ、虎徹さん。僕はずっとあなたの傍にいられますか?
僕は彼に訊ねてみた。
彼はそんな僕に、この作戦が終わったら、と。
まるで内緒話をするように唇に指先を当てて、悪戯っ子のような顔をしてそう笑って言った。
その言葉は今まで聞いた全ての言葉の中でも最大級に嬉しくて、僕は彼を思い切り抱きしめたのだ。
この任務が終わったらさ、お前に平和な世界を見せてやるよ。
そしたらずっと死の恐怖なんかに脅えずに、お前と一緒に居られるだろ?






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