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短編
神の声を聞く者3




神はいなくなった。
彼を救うたった一つの存在は、彼がずっと信じていたにも関わらず、彼に話しかけることはなかった。

十三階段を上る。
痩せ細った彼はフラフラと、兵士たちが引く枷に足を取られ転びそうになりながら歩く。
彼に浴びせられる声は以前のものとは違う、残酷なもので。
その言葉は彼の胸に強く深く突き刺さり、絶望を与えただろう。
祈って祈って祈り続けて信じ続けた全てに、裏切られた彼の瞳にはこの世界は一体どう映っているのだろう。
せめて君だけはこの世界を憎まないで、ただあの日と変わらない真っ直ぐな金の瞳で見続けて欲しいなどと。
そう願った。
キリストのように十字架に手と足を縛りつけられた彼は顔を伏せている。
金の瞳は閉じられていて表情は窺えない。
ざわめく人混みの中。私は彼の死に恐怖して、死刑台へと向かい走り出した。
諍えない運命だと決まっていながらも、それでも私は変えられると、あのときはそう。
信じていた。

死刑台に気を取られている兵士の一人を後ろから殴りつけて、私は武器を奪う。
しかしそれに気付いた他の兵士たちが私に剣を向けて死刑台に行かせないようにと近付いてきた。
私は奪い取った剣を鞘から引き抜いて、襲い来る兵士を容赦なく斬り付けた。
頸動脈を斬り付け、首を落とし、剣を引き抜くため胴体を蹴り、返り血に塗れながら。
しかし次から次へと溢れる駒に私の身体は次第に疲弊し、体力を奪われていった。
ただ、必死に荒い息で彼の名前を呼んで。
疲れた身体を奮い立たせて。
何度も何度も剣を振るった。

しかし。
世界は無情だった。

若い国王がまるで翠色の瞳を細めて飽きたように、一声。
それが騒々しい世界に、無残にも響いた。

私は目の前が真っ赤に染まって怒り狂ったように声を荒げた。
しかしそれが隙を生むことになり、兵士の振り上げた槍が右肩に突き刺さって、私の視界は地面へと傾いた。
石畳に膝を付き、剣を落とす。
しかし、ここで倒れるわけにはいかなかった。
しとどと流れる鮮血など、悲鳴を上げる身体など気に止めぬまま、私は足に力を入れた。
だが、それよりも先に私の首に身体に複数の剣が突き立てられて、私は立ち上がることは出来なくなつ。
ただ、膝を付いたまま、彼を縛りつける十字架を真っ直ぐ見詰めていた。

「…こ、てつ…、」
「虎、徹…」
「虎徹ッ!!」

届くはずのない距離。
それでも私は、ただひたすら彼に向って手を伸ばす。
どうかどうか。
虎徹。
君を救いたい。

「…ゆーり……?」

微かに動く唇と、太陽を吸いこんだような金の瞳が開かれる。
それは以前と違わない虹彩を含んで、私に焦点を向ける。

「…ごめん、な…ユーリ…」

彼は悲しげに私を見詰めて、金色の目を伏せた。
私は剣を突き立てられても気にすることなく首を左右に振った。
傷塗れになって温かい赤が首元を伝わったが、そんなことどうだっていい。
ただ、彼に謝って欲しくなかった。

「どうして君が、虎徹が謝るんですか。君が悪いんじゃない。悪いのは…」
「ユーリ、」

あいつらじゃないか。
私が言いかけた言葉を、名前を呼んで遮った。
彼は緩やかに首を振って、そして微笑んだ。
その顔がとても幸福せそうだったから、私はただ目を見開いて、悲しみに顔を歪めるしか出来なかった。

「ユーリ、今まで迷惑ばっかかけてごめんな。こんな俺と一緒に祖国を守るために戦ってくれてありがとう」
「…っ…」
「我儘を言うなら、別に英雄なんかじゃなくたっていいから。ただ俺がこの国を愛してたこと、嘘じゃないって皆に、伝えたかった」

お前は、お前だけは。
どうか知っててくれ。
俺の代わりに、生きてくれ。

私はもがいて、剣の合間から必死に手を伸ばした。
しかし兵士は行く手を阻み、私の身体は血の気を失って動くのを拒否している。
私はただ、呼び慣れた彼の名前を叫ぶしかない。

「こ、てつ…こてつ、」

虎徹。
まるでそれが合図のように、十字架に火が灯され、炎が上がる。
それは業々と勢いよく燃え上がり、
虎徹の細い身を抱くように包んだ。
私は声を失ったまま空に向かって慟哭し、赤々と燃える炎に焼かれる彼を見詰めて、そして。
彼を抱く炎以外、世界から色が消え失せた。
その炎はやがて私の心のように凍てついた蒼に変化して、
彼は神の子だと、彼は悪魔に憑かれた者だと、まるでお伽話にように伝えられた。













十三階段。
以前、彼が守ろうとしていたもの全てに裏切られたときと同じように、私はこの汚れた階段を上る。

神は、いない。
神はこの悪しき残虐な仕打ちから彼を救うことはなく。
ただ彼は生きたまま業火の炎に抱かれて死んだ。

たった一つの希望を失った私。
この世界を淡々と蒼い炎を抱きながら呪い続け、そして彼と同じように業火の中へと身を沈めるだろう。

虎徹。
私には資格がないだろう。
しかし。
それでももし、赦されるならもう一度。
君に会いたい。
蒼き城で、君に。









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